第204話 スターの自覚



「…………只野さんの勘違いじゃないの?」


「そんな事ないです! 先輩ははっきり言いました、証拠もあります」


「でも、前後切ってるよね?」


「それは……だらだらと間が長かったから……」

 

 どうやら俺は部室前のベンチに寝かされているようだった。

 気が付くと只野さんと円の声が聞こえてくる。


 俺は気が付いているが、現状確認の為にこのまま寝たふり(気絶したふり?)を続けることにした。

 決して逃げてるわけじゃないからね。

 

「じゃあ先輩はなんの為に私にあんなこと言ったと思ってるんですか?」


「うーーん、そうね、大方カラオケに付き合って欲しいって意味なんじゃないの?」

 とりあえず俺は状況を知る為に、こっそり薄目を開けそっと声のする方を見た。

 俺に背を向け円が立っている。

 そしてその前には只野さん、更に灯ちゃんと夏樹が側にいる。


 なにか状況的に円が俺の弁護士、只野さんが被害者兼検事、灯ちゃんが裁判官って感じに見える。


 その俺の弁護を担当する円は、冤罪で捕まった俺を守るべく被害者に向かってそう言った。


 うん、そう、その通りだ。

 さすが円、さすが彼女、俺の事を良くわかってる。


「そ、そんなわけ無いでしょ?」

 そこに口を挟む灯ちゃん……いや裁判官が否定してどうする? お前は黙ってろ! と思わず起き上がって意義あり! と突っ込みたくなるのをなんとか堪えた。


 それにしても、円が真相を、真実を話しているのに、この娘は相変わらず空気読めない。


「もう、噂はかなり広まってる感じだからねえ、野球部の皆が嬉々としてるかー君を見たって言ってたねえ」

 さらには夏樹が横から入りそう言う。

 もうなんなの? お前は俺の味方じゃないの?

 検事は夏樹だったか?! 

 信頼していた、そして目標にしていた幼なじみに思いっきり裏切られような気分になる。


 これってあれだよね、友達って思ってた奴が「お前ってあいつと友達なの?」って誰かに聞かれ「え? いや違うけど」って話しているのをこっそり聞いちゃった時のような感覚と同じだ。


 そして更にはその向こうにいる傍聴人兼裁判員のような部員達が、揃って俺を否定するかのようにひそひそ声で話し始める。


「そういえば夏合宿の時も……」

「宮園先輩って会長にも……」

「あの皆の身体を舐めるように見ていた視線が……」

「女子の生理とか身体とかにやたら詳しかったけど、それってそれだけの経験が……」

 等々……陸上部が完全にアウェイと化していた。

 


「う、うえええええん、酷い……ちゃんと告白されたのに……」

 そして、とどめとばかりに只野さんが突然泣き始めた。

 いや待ってくれ、そもそもそれって盗聴じゃないの?

 証拠にならないでしょ!

 なんて突っ込みをいれたくなるが、もう完全に周囲は敵なこの状況で、今さらそんな事を言っても仕方ない。

 ここで俺が起き上がって、円の言ってる事が真相だと言ったとしても誰も信用してくれる筈もない。


 俺の味方は円ただ一人だけ。

 

 そしてその円がここで追い打ちをかけてなにか言えば、さらに円も全員を敵に回す事になる。


 それをわかっているのか? 円はそのまま押し黙ってしまった。

 しくしくと泣く只野さん。ざわざわと騒ぐ周囲。

 そんな小康状態が暫く続いていたが、会長の代わりにリーダーと化していた灯ちゃんがようやく動く。


「と、とりあえず落ち着こ、ね? ちょっと顔でも洗って、えっと夏樹さん皆の指示お願いしてもいい?」

 灯ちゃんはそう言うと、只野さんを連れて競技場の外にある水飲み場に向かう。

 

「ハイハイ、とりあえず皆身体冷えちゃうから練習しよっか」

 夏樹がパンパンと催眠術を解くように手を叩きながら皆をそう言って練習するように促す。

 

 その夏樹の号令に、ざわざわとしゃべりながらも皆は競技場に散って行った。



「はあ……」

 とりあえずこの場は収まったとホッとしたのか円はため息をつく。

 そして俺に背を向けながら後ろ歩きでゆっくりと近付いて来た。


「言った通りでしょ?」

 俺が起きている事を知ってるかのように円は背中を向けたまま小声で俺にそう話し掛けてくる。


「……はい」


「自覚が足りないんだよ、かー君は」

 嫌みなのか、夏樹のように俺の名を呼ぶ円。


「じ、自覚?」

 とりあえず皆にバレないように俺は円にそれがどういう意味か訪ねる。


「そ、スーパースターの自覚?」

 円は相変わらず俺に背を向けたまま、とんでもない事を口走った。


「は? 誰が?」


「かー君がよ」


「俺?」


「そ」


「ははは、まさか」

 

「はあ、わかって無いなあ……」

 円は更に大きなため息をついた。


「わかって無い?」


「陸上経験者にとって貴方は有名人なの、そして今や事故を乗り越え高校新を作ったっていう伝説の人」


「で、伝説って」


「しかもさ、自分で言うのもなんだけどさ、私の彼氏っていうプレミアまでついてるんだよねえ」


「プレミア……」

 もの凄いプレミアだなそりゃ……なんかお菓子についてるシールみたいな、そのシールの方に価値があってお菓子は捨てちゃうみたいな。

 勿論お菓子は俺でシールが円。


「はあ、全然わかって無いよね?」

 俺のそんな考えを読んだのか? 円は再びため息をつく。


「……はい、すみません」


「だからさ、そんな人に誘われて、しかも勘違いするような事言われたら、そりゃ皆、ああなるでしょ?」


「そんなものなの?」


「そうよ……特別な自分になれるって、普通の女の子はそう思っちゃうものよ。

 多分ね、録音も悪気があったわけじゃない、貴方の声を、貴方と一緒にいるって特別な事を記録したかったって事なんでしょうね」

 

「そ、そうなのか……」


「でも困ったねえ……完全に悪者扱いだよねえ、まあ元々そういう土台があったからね。あっという間に広がっちゃた」

 

「……円は俺の事信じてくれるんだ」

 俺がそう言うと円は俺に振り向き俺を見下ろしながら言った。


「当たり前でしょ?」

 少し怒った顔で俺を見る円。


 その顔を見て俺は安心したが、その後の円の言葉に戦慄が走る。


「本気で浮気したら、コロコロしちゃうからね」

 笑顔でそう言う円、久々に聞いたその言葉、そのあまりの怖さに俺は強く目を閉じ再び現実逃避した。

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