第205話 足元を掬われる


 俺の体調悪化に伴い、マネージャーに付き添って貰い、こそこそと競技場を後にする。

 

 まあ部内の雰囲気はとっとと帰れ二度と来んなって感じだったが。


 結局俺達がいる間、只野さんは戻っては来なかった。


 まあ、隠れて録音までした結果、一応先輩である俺を陥れる事になってしまったのだから相当にショックを受けていることだろう。


 とりあえず、フラフラの俺は久しぶりに円に介助されながら、学校から近い避難所に逃げてくる。


 まあ、避難所は円のマンションなんだけど。


 円は帰る準備を済ますと、素早く髪をお下げに結び、眼鏡をかけ変装をした。

 周囲にバレないように俺もうつ向いたまま飛び込むようにマンションの中に入る。

 そしてそのまま部屋になだれ込んだ。


 いつもの部屋、いつものリビング。

 高級なソファーに制服姿のまま崩れるように座り込む。


「はあ……」

 ソファーの背にもたれかかりながら、俺の口からため息が漏れる。


「もう、ため息とかつかないで」


「いやだって」

 思ってもいなかった事態、ただ俺は少し油断していたのかも知れない。

 足が良くなり、記録を出し、学校内での信頼を取り戻していたが、元々俺は嫌われ者なのだ。

 

 少し調子に乗っていたのかも知れない。


「翔君があの場ではっきり違うって言ってれば、まあ……あの空気と君の性格じゃ無理だよねえ……」


「すみません」

 生きててすみません。


「なんで陸上じゃあ、あんなに自信満々なのに、私生活じゃ全然駄目なのかねえ」


「ごめんなさい……」

 生まれてきてごめんなさい……。


「まあ……私も人の事言えない所はあるけど」


「……」

 陸上以外何もしてこなかったツケが回って来ている。


 でも……とりあえずクラスでのボッチぶりとか、庶民的感覚皆無の円は、人の事言えないとは思うんだけど。


「とりあえずキサラが帰ってくるまで休むしかないかなあ」


「そうかその手が…………あ、でもキサラ先生絶対に面白がりそうじゃない?」


「そうかもねえ」

 円は天井を見上げそう言った、


「困ったなあ……」

 この状態だとキサラ先生と会長達が帰ってくるまで部活に行けない、まあ練習はどこでも出来るのだが。


 とりあえず円という味方がいるだけで俺は安心出来る。

 

 現状問題は俺と只野さんの問題は陸上部だけに留まっていないって事だ。


 時間が経てば経つほど噂は広まって行く。


 このままだと陸上部は安息の地で無くなるばかりでは済まない。

 俺は全校生徒全てを敵に回してしまう事に……。


 この芸能人の不倫騒動のような状況に頭を抱える。


 円と付き合うって事はこういう事なのか……。


 俺はそんな思いを振り切り、この窮状を打破するべく円と話し合いを続ける。


 と、思っていたが隣に座る円は急に押し黙ると、お尻を動かしにじにじと近寄り俺との距離を縮めてくる。


「え?」

 そしてピタリとくっつくと、円は俺の太ももに手を置き、火照ったような顔でじっと見つめる。


「翔君……」


「え、 あ、いや……えっと」


「翔君って、陸上好き?」


「は?」


「走ったり跳んだりするの好き?」


「いや、えっと……はい」

 なんですかそんな顔で、なぜそんな質問をするのか? 良くわからないが聞かれた事に素直に答える。


「じゃあさ……私の事は好き?」


「ええええ!?」


「……どうなの?」

 うるうるとした瞳で俺を見つめ円はそう聞いてくる。


「いや、その……はい」


「はい?」


「あ、いやえっと、好きです」


「本当に?」


「いや、あの……円さん?」


「じゃあなんで何もしないの?」


「ええええ?」

 

「キスもしてくれないし……」


「いや、だってまだ付き合い始めたばかりで」


「なに昔のラブコメ主人公みたいないセリフ吐いてるの? 高校2年で付き合い始めたら直ぐに行くとこまで行くでしょ?!」


「いやいやいやいや」

 円は俺の胸ぐらを掴み睨み付けながらそう言った。

 俺はブンブンと首を何度か降った。

 いや……えっと円さんキャラ変わってません?


「いつまでもそうやってとろとろしてるから、後輩に足元掬われるのよ!」


「えっと、お酒でも飲みました?」


「誤魔化さないで!」


「は、はい!」

 円は眉間に皺を寄せ俺をギロリと睨み付ける。

 いや、どうでもいいけど、そんな顔でも可愛いって反則だろ?


「ううう、どうせ翔君……義務とかで付き合ってって言ったんだ、うえええええええん」

 そう言うと円は唐突に泣き始める。


「ええええええええええ?!」

 演技ではなく、本当にポロポロと涙を流し泣き始める円。

 俺の胸ぐらから手を離すと、俺にお尻を向け、ソファーに顔を突っ伏してわんわんと泣く。


「うええええええええん、翔君は義務で、義理で私と付き合ってなんて言ったんだ、そうなんだ、うええええええええん」


「そ、そんなわけあるか!」

 あのシチュエーションでの告白、どんだけ俺に覚悟がいると思ってるんだよ!


「嘘、そんな気持ちでいるから、只野さんなんかに足元掬われるのよ!」

 マジで泣いている円はポロポロと涙を流しながらソファーに突っ伏し寝転んだまま腕の隙間から俺をチラリと見る。


「だって仕方ないだろ、まさかあんな勘違いされるとは思ってなかったんだから」

 本当マジでこんな事になるなんて思ってもいなかった。


「じゃあ……キスぐらいしてよ」


「え?!」


「証拠見せてって言ってるの!」

 円は半身を起こして遠目に俺を見つめる。

 ぐじゅぐじゅと鼻を啜り口を尖らせながら……。


 そんな円の姿を見て可愛い顔が台無し……なんて事は全く思わなかった。


 どんな状態でもどんな表情でも可愛いとかなにそれチート? と思ってしまう。


 そしれ……何故だろうか? 俺はそんな円にドキドキしてしまっている。

 何か変な扉が開いて行くような、そんな感覚に陥る。


「……わかったよ」

 俺はそう言い、のそのそとソファーの上を這うようにして、ゆっくりと円に近付いて行った。

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