第206話 南の島でなら


 北海道での円はどこか切なくそして幻想的だった。


 沖縄での円は元気で明るく太陽のようだった。


 俺は冬よりも夏が好きだ。


 雪よりも太陽が好きだ。


 北海道の時の円よりも沖縄の時の円が好きだ。



 でも今の円は……どこか切なさを感じる。

 北海道の時のような、そんな雰囲気を醸し出している。


 何かに焦っているような……。


 ソファーに横たわる円を俺は上からのし掛かるように見下ろした。


 円は俺を見上げ微笑む。


 長い黒髪がソファーの上に広がり一部が床に垂れ下がる。

 スカートは乱れ円の白い太ももが露になる。

 制服のシャツの裾がせりあがり、円のかわいらしいお臍が見える。


 円の長い睫毛がふるふると揺れる。

 ぷっくりとしたピンクの唇が僅かに開き中から赤い舌が見え隠れしていた。


 俺は円の顔の上に両手を置き自分の体重を支える、


 

 円は暫く俺を見つめ、覚悟を決めたようにゆっくりと目を瞑る。


 その姿を見て俺は……。



「だ、駄目だ、やっぱり駄目だよ」


「……は?」

 俺のその声に円は目を見開くと眉間に皺を寄せ、俺の胸ぐらを掴み自分に引き寄せようとする。

 

「うわわわわ」


「良いから早くして!」

 俺を、俺の顔を強引に自分に引き寄せる。


「なんでそんなに焦ってるんだよ!」

 腕立て伏せで円を持ち上げるように、俺は円から離れるべく力を入れる。


「翔君がのんびりし過ぎてるせいでしょ!」


「だ、だって」


「ああ、もう本当意気地無し!」


「待って違う、だってだってさ」


「だって何よ!」


「だって……付き合って初めてするキスが、こんなシチュエーションとか嫌だよ」


「は?」

 俺のその言葉に円は俺の胸ぐらから手を離す。

 俺は勢い余ってそのまま後ろに倒れるように、ソファーの上に尻餅を付いた。

 円はのそのそと起き上がると、ソファーに斜めに座り乱れた服も直さず俺に向き合う。


「じゃあ、どんなシチュエーションなら良いのよ!」


「そ、それはもっと……もっと思い出に残っても恥ずかしく無いような、ソファーの上とかじゃなくて、そのもっとロマンチック的な」


「なに、乙女みたいな事言ってるのよ」


「だ、だって」


「そう、わかったわシチュエーションを整えれば良いのね?!」

 そう言うと円はテーブルに置いていたスマホを手に取ると、何か調べ始める。


「え? あ、いや……ま、円さん?」

 怒ったのだろうか? 円はそのまま暫く黙ったまま、スマホを弄くっている。

 そして暫くすると、何かを決めたような顔で俺を見てニヤリと笑った。


「じゃ、行くわよ」


「は? ど、どこへ」


「翔君がその気になれる所……ほらさっさと着替えて、時間無いから」


「いや、ちょっと待って、どこへ行くんだよ?」

 円は俺の質問を無視するとリビングから出ていく。

 一体なんなんだ? 俺は呆然と円を見送る。

 とりあえずわかっている事はどこかに行くという事。


 どこに行くのかわからないがどこに行くにしても、制服のままってわけにはいかない。


 なので俺も自室に戻り、あらかじめ置いてあった服に着替えた。

 

 着替えを終え部屋から出るとインターホンの音が鳴る。


「行くわよ!」

 その音を聞いた円は部屋から飛び出てくる。

 円はノースリーブのワンピースに麦わら帽子を被っていた。

  

 そして俺の手を取ると、そのまま引きずるように俺を連れ出す。


 エレベーターを降り外に出るとそこには黒塗りの高級車が停まっていた。


「ちょっと待って、マジでどこへ行くんだ?」

 車に乗り込み円にそう訪ねると、円は俺にではなく運転手さんに向かって言った。


「羽田迄お願いします」


「は、羽田?」


「ロマンチックなシチュエーションならいいんでしょ?」

 車が静かに走り始めると円は俺を見て少し怒ったような表情でそう言う。


「いや、だからどこへ」


「南の島よ」


「……は?」


「合宿よ!」


「合宿?!」

 円は俺を見てニヤリと笑う。


「合宿って二人で?」


「そうよ! 選手とマネージャーのツーマンセルなのだから問題なし」


「いやいや問題だらけだろ! 部活どうするんだよ」


「行けないよね?」


「いや、そうだけど」

 俺はチラチラと運転手さんの方を見ながら円と話すもこういった事には慣れているのだろうか、全く異にかえさず運転を続ける。


「どうせキサラや会長さんが帰ってくる迄は何も出来ないんだから」

 円はそう言いながらスマホを取り出し再び何かをクリックし始めた。


「ちょっと待て……ひょっとして泊まりか?」


「そうよ! 決まってるじゃない!」


「いやいや待って、マジで待って、え? 沖縄に二人っきり?」

 俺は去年の合宿を思い出す。

 青い海、白い砂浜に円の水着

 あの綺麗な別荘に二人きりでとか……ヤバいだろ!


「沖縄? 違うわよ」


「……は? 違う? じゃ、じゃあどこへ行くんだ?!」


「本当は海外が理想だけど、さすがに当日は無理だし、パスポートとかの関係もあるし……ね」


「いや、だから……ね? じゃなくて」

 

「シチュエーションを整えればいいんでしょ?」


「いや、言ったけど……」


「ふふふふ、ここならさすがの翔君も文句ないでしょ!」

 円は俺にスマホ画面を見せた。

 そこには沖縄の海よりもさらに美しい海の景色が写し出されていた。


 白い砂浜、青い空、コバルトブルーの海、天国のような風景。

 夏が大好きな俺はその風景を見て戸惑いから期待に変わる。


 ああ、こんな所を走れたらって……怪我で走れなかった時から、いやそれ以前からずっとそう思っていた。


 こんな所で合宿出来ればって……。


「ここは……どこ?」

 俺はごくりと唾を飲み、円に向かって聞いた。


「ふふふ、ここはね」

 円の口から離島の名前が出て来る。

 その島の名前を聞いて頭の中で映像が映し出される。

 青い海に飛び込み、サトウキビ畑をひた走る映像が頭に浮かんでくる。


 短距離の俺でも走ってみたくなる……そんな風景だ。


 

「夏大好きな翔君にとっては最高のシチュエーションでしょ?」


「……」

 俺は黙って円を見て、そして素直に頷いた。

 俺と円の二人きりでの離島合宿がスタートする。





『あとがき』

って事で今日から取材にいきまつ(笑)(-ω-)/マジデ

どこか気になる方はツイッター見てね(笑)

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