第92話 沈黙は肯定


「貴方の意思を確認したいの」


 喫茶店、そしてカラオケ、最後にファミレスというコースで会長を接待する。

 ちなみに会長のカラオケはとてつもなかった……まあ、その話はいつかどこかで。


 高級ホテルのレストランにでも行く様な格好の会長を、格安某有名イタリアンレストランに案内する……しょうがないだろ、僕の小遣いじゃあ、これが限界だ。


 でも会長は文句一つ言わず、それどころか楽しそうに注文し、ドリンクバーに興奮していた。

 ただ出されたエスカルゴを見て殻は? と不思議そうに僕に聞いた後、何事も無かった様に美しい所作で食べるのを見て、やはり育ちの差を感じた。


 円と食事をしても感じなかった差を、会長だと感じる……生徒会長、年上、お金持ちのお嬢様……やはり会長と一緒にいると少し緊張してしまう。


 会長は食事を終えると一瞬キョロキョロと布のナプキンを探すが、流石に無いと直ぐに悟り、備え付けの紙ナプキンで丁寧に口元を拭き、僕に向かってそう聞いて来た。


「意思?」


「これから陸上に携わる意思よ」


「携わるってどういう意味です?」

 

「そのままの意味だけど?」

 質問に質問で聞き返すという少しずるい方法で誤魔化そうとするも、会長は全く意に介さず質問を続ける。


「……いや、前にも言った様に僕にコーチングは無理です」

 僕は誤魔化すのを諦めはっきりとそう否定する。


「でも、私にも妹にもアドバイスしてるでしょ?」


「それはお二人が強引に」

 そもそもアドバイスとコーチング別物だ。


「断ろうと思えば断れた筈よ?」

 僕の中を覗く様に、僕の心の中を覗く様に会長は僕を見つめる。

 でも……陸上を知っているからこそ、安易に首を縦には振れない。

 知識はあっても僕には経験が無い。

 トップに立ったのは小学生の時、プレーヤーとしての経験も短い。


「無理だよ……」


「それは……やってみたいけど無理って意味よね?」


「……」


「沈黙は肯定の証よ」

 会長そう言って僕を見て微笑んだ。

 全く興味が無いわけではない……でも今回は本当にたまたま上手く行っただけで、コーチングはそんなに甘くはないって事は僕が一番知っている。 


「でも……部員の人達は」


「今ね、貴方の件とは別で女子と男子で陸上部が完全に分裂してるの」


「……へ?」


「まあ、うちの学校は元々男子陸上部と女子陸上部で別れているから」


「まあ、それは知ってるけど」

 陸上部は基本的に個人競技、練習場所や試合会場が同じなので一緒に行動する方が効率的だから大抵の陸上部は男女混合の部活動だ。ただし競技で使う道具等は重さの違いで被らない。なのでそう言った面では別々に予算を組む方が分かりやすい。

 男女で一緒に使う物は主に走り高跳びの機材とハードルぐらいしかない。

 当然力の差から練習メニューも全く異なるのでメインの練習を一緒にする事もほぼ無い。


「それで、夏合宿は男子と女子でわかれる事になってね、うちの顧問は男子の方に副顧問は女子の方に行く事になってるんだけど、副顧問って陸上に関して全くの素人だから、困ってるのよね」


「副顧問って?」


「松岡舞花先生よ」


「あーーーー」

 ここで来たか、別称『おかま』先生、そういえば僕の担任だったなあ……。


「もうね、不安で不安で仕方ないって顔で泣きつかれて」


「で、でも副顧問でしょ?」


「名前貸してるだけだって、しかも今年は中等部も引率しないといけないから、もうパニックになってる」

 会長は思い出した様に苦笑する……ってか良いのかそれで?

 ってかそれよりも中等部と一緒とは?


「は? 中等部?」


「そうなのよ、中等部の顧問は今、合唱部との掛け持ちだから、今年合唱部は全国出場が掛かってるらしくて」

 あははは、凄いねと会長は笑った。いや、それって運動部と文化部でしかも文化部の方を優先とか、完全に放置されてるって事なのでは?


 僕のいない間に中等部はすっかりと弱小陸上部に変わってしまっていた。


「うちは私立だからね、結局部活動っていうのは教育の観点よりも宣伝効果ありきってのは仕方がないのよね、まあ、予算があまりいらない様な所は問題無いけど、陸上ってそうはいかないのは知ってるよね? そして誰かさんに期待して競技場を一新したばかりに現状宝の持ち腐れ状態になってるし……学校としては競技場の整備代もバカにならないらしくて……活動自体の予算が削られて行く一方でねえ……」

 僕を恨む様に見ながらため息をつく会長、いや、マジでそんな事言われても。

 

「……とりあえず、やるやらないはおいといて、僕がコーチとして参加するってのは全員了承済みなんですか?」


「え? ああ、うん……まあ」


「……あの会長?」

 まさかここまで言って根本的な事が解決していないのでは?


「あ、うん、高等部は短距離がメインだから私がなんとか出来るんだけど、中等部がねえ、あっちは長距離メインだから」


「やっぱり」


「今、灯が必死にやってるんだけど、向こうの部長がねえ」

 顎に手を添え、もう片方の手をヒラヒラさせる会長。

 会長の威光も中等部までは届かない。


「それじゃ無理ですね」


「でも、灯が言ってたんだけど、この間、灯が全国標準を突破してから部長の様子がおかしいって、それまでは完全拒否を貫いていたのに、今は何か言葉を濁し始めたって、どういう事なんだろうねえ、何か知ってる?」


「──いえ……全然」


「そか、もう合宿まであまり時間が無いのよねえ……」

 残念そうな顔でドリンクの氷をストローでカラカラと鳴らす。

 僕は黙ったままコーヒーを一口飲んだ、あの約束の事は黙ったまま。


 




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