2部2章 夏休み

第87話 陸上部に喧嘩を売るのは止めましょう


「すみません、お待たせしました、さあ行きましょう」

 3人の男達の間をすり抜け僕は彼氏の振り宜しく会長の手を取ると、何事も無かったかの様にその場を後に。


「おい! ちょっと待てよ」


 そんなわけにはいかなかった……。


「ああ、すみませんこいつが生意気言っちゃって、本当あとできつく叱っておきますから」

 ペコペコしながら穏便に事を済ませようとするも……。


「なにペコペコしてんのよ、こんな屑相手に」


「はあ!?」

 3人の一人、会長に声をかけていた黒いTシャツ、デニムにサンダル姿、痩せ型だけど身長の大きい顎髭男がさらに彼女を睨み付ける。


 うん、本当に、はあ? だよね、わかる、わかるよ……。

 元来の気性の荒さを全面に押し出ている会長。

 この人基本的に男にはツンで塩対応だからなあ……。

 中等部での陸上部の時の事を思い出す。


 そして、何故僕が3人組のフォローをしているかというと、いや、だって今日の会長の姿を見れば仕方ないって思える。


 真っ赤なチューブトップワンピース、一応手には羽織物を持っているが、それを羽織る事はなく、肩も胸元もかなり露出していた。

 丈も短く陸上で鍛え上げられている長く美しく締まった足が露になっている。

 さらには紐で編まれた黒いハイヒール、金髪も相まって目立つ事目立つ事、もうここは南国? って姿で退屈そうにスマホを見ているんだもん、そりゃ声をかけるよね?


「いや、会長」

 こういうめんどくさい人達って、こう下手に出てペコペコしてれば漫画の様に喧嘩を売られる事はまずないのになあ……と思いながら僕は残念そうに首を振った。


 案の定顎髭の男は真っ赤な顔で会長のチューブトップの胸元に手を伸ばす。

 普通の服ならば、胸ぐら掴まれた時点で相手の暴力行為が成立するのでとりあえずやらせるのがいいんだけど、会長の服は胸ぐらを掴まれた時点でポロリが成立してしまう。


 ちょっと見てみたい気持ちを抑え、僕はその男伸ばした腕に手を添える。


「うが!」

 丁度肘の辺りに僕はそっと触れる様に抑えると、顎髭男は軽く悲鳴を上げ腕を抑えて引き下がる。


「あ、すみません」


「て、てめえなにをしやがった」

 

「いえ、何も」

 嘘である。僕は顎髭男の肘の内側にある尺骨神経を押したのだ。

 よく机とかにぶつけると、ジンジンと痺れる場所だ。


「嘘つけ、なんだお前やんのかよ、そんな──の癖に、──で俺とやる気か?」


「あーー」

 この顎髭男は言っちゃいけない事を僕に向かって言った。

 とてもじゃないけど僕の口からは言えないので脳内でピー音鳴らしておく。


「ちょっとあんた!」


「まあ、まあ」

 僕はそう言って会長を宥める。

 視線を会長に移した隙をついて、顎髭男は僕の胸ぐらを掴んだ。

 つくづく卑怯な男だなぁ、そもそも女子に手を上げようとしてる時点で終わってる。

 日曜日の早朝、顎髭男からは少し酒の臭いがした。

 他の二人はあーあやっちゃった、という顔でヘラヘラと僕を見ている。

 とりあえず、正当防衛成立、僕は杖を持っていない手で今度は胸ぐらを掴んでいる顎髭男の手首を掴むと親指で手首の間接部分の丁度橈骨辺りを押し胸ぐらから外す。

 そして杖と左手で手首を挟むと、反対側に捻った


「うがあ! いていてててて、いてえって、いてえ」

 顎髭男は倒れそうになるのを堪えるが、堪えれば堪える程痛みが増している筈。

 男は強引に一歩下がり、手首を外すと、今度は僕に殴りかかって来る。

 振りかぶって殴りに来てるので見え見えのモーション、なので僕は冷静にパンチをよけると、男はバランスを崩しつんのめる。

 僕は杖でバランスを取りながら左足を軽く後ろに引くと、体重が乗っている男の左足の脛部分、頸骨目掛け思いっきり蹴った。


「うがああああああああ!」

 今日は会長と食事に行くとあって、僕は革靴を履いていた。

 その革靴の先端部分で男の脛、所謂弁慶の泣き所に短距離で培った瞬発力を発揮し蹴りを入れる。


 顎髭男は足を抑えてその場に踞る。

 そうそう、本当に痛いと声出ないんだよねえ。


「て、てめえ!」

 他の二人がそう言って僕に詰め寄る。

 もうめんどくさいので僕は杖をクルクルと回して威嚇する。


「僕は人体の急所とかよく知ってるんだよね、なんなら痛い所片っ端から突いてみる? 秘孔とか発見出来ちゃうかもね」


 いつもは腕に固定出来る金属タイプの杖なんだけど、今日は木のタイプの杖を持っている。

 手に持つだけなので身体を支えるにはあまり良いとはいえない、貴重な朝の時間、出来うる限り早く歩きたいので登校時等では使っていない。


 木の杖は材質、色、柄の部分の形、装飾も色々とあるので、お洒落感覚でこういったお出掛けの際に使っている。


 僕は薄気味悪い作り笑いをしながら、杖を相手に向けた。

 こんな身体なのに怖がる事もなく笑う僕を不気味に思うだろう。

 

 実際こんな事、怖くもなんともない……あの時、あの……北海道の夜に比べれば……。


「い、行こう……」

 男二人は後退りし、足を抑えて倒れている顎髭男を二人で抱えその場を急ぎ後にする。


「あーー、折れていないと思うけど、今夜腫れるからよく冷やしてね」

 去っていく男に向け僕はそう言った。嫌みでもなんでもなく、大事な足を仕方なく蹴ってしまった罪悪感の為に。



「か、翔君って、そんなに強かったの?」

 3人組を見送っていると、会長が後ろから僕にそう声をかけてくる。


「え? ああ、いや、強くは無いですよ、ただまあ身体の事は詳しいんで」

 人体の事は全て調べ上げている。医学雑誌とかも一生懸命に読み漁った。

 そして自分の身体、妹や夏樹の身体をマッサージと称して触った。どこが痛い所、急所と言われている部分とかも全部覚えてえいる。

 

 昔から仲良く3人で遊んでいた。でも喧嘩をしなかったわけではない。

 取っ組み合いの喧嘩も二度や三度では無かった。


 そしていつも勝つのは夏樹だった。天才的な身のこなし、天性のバネ、夏樹には喧嘩でも勝てた事は無い。

 負けず嫌いの僕と妹は、小さい頃に二人で夏樹に勝つべく空手の真似事をしたりして、夏樹に挑んだりした事もあった。

 でも、この間首を絞められ落とされた様に、僕は今でも夏樹に勝てない。

 

「そ、そうなんだ」

 会長は驚きの表情で僕を見ている。

 興奮しているのか顔がほんのり赤い。


「それよりも会長! ああやって煽るのは控えて下さい。誰かに見られでもしたら面倒な事になりますよ」


「あんな奴ら、わたしでも……そ、そうね、ごめんなさい」

 以外にあっさりと謝る会長、本当にわかってるのか疑問だけど、こんな所でこれ以上言っても仕方ない。


「いえ……じゃ、じゃあ行きましょうか」


「う、うん」

 会長は僕の左側に回ると僕の腕に自分の腕を絡める。

 えっと、これは僕の足が悪いから支えてくれているだけだよね?

 他意はないよね?

 会長の肌の感触にドキドキしつつ、僕はそのままゆっくりと歩く。

 会長も僕に合わせてゆっくりと歩いてくれる。


 今日から夏休みが始まる。

 大好きな夏が始まった。


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