第88話 円vs天
「それにしても……そんな身体で喧嘩するなんて、どっちが危ないのよ」
「おまいう? ってのはおいといて、まあ、ああいう事って力じゃ無いんで大丈夫かなと、人体に詳しければどこが弱点かってわかりますし」
「……それも陸上で?」
「まあ、僕みたいな才能無い人間はそうでもしないと天才達には対抗出来ないんですよね、だから勉強はしましたよ。食べた物が消化され、栄養素に変わり、蓄積され、そのエネルギーをどう利用するかとか、効率良く利用するにはどうすればいいかとか、そんな事を調べていくうちに色々と覚えてしまいましたね」
「相変わらず凄いっていうか引くっていうか……」
「いや、僕に夏樹くらのい才能があれば、わざわざそんな面倒な事はしなかったですよ」
「ふーーんやっぱり夏樹さんてそんなに凄いんだ、喧嘩も強かったの?」
アイスティーを優雅に飲みながら目の前の会長は苦笑いをする。
今日は1日会長を僕が連れ回す事になっている。
勿論円の金銭的な助けは借りられないので、僕の少ない小遣いの中でやりくりしなければならない。
会長は公園でも、喫茶店でもどこでも良いので話がしたいと言ってくれた。
まあ、ずっと公園ってわけにはいかないので、とりあえずは喫茶店に入り、モーニングでも食べながら話をする。
この後はカラオケか漫画喫茶か、そして最後にファミレスで食事でもという大雑把なプランを用意していた。
でも、格好から見ても何故か凄く気合いの入っている会長、そして詳しくは知らないけど、噂ではかなりのお嬢様らしいのにそんな庶民的な所に連れていって良いのだろうか? なんて事を思ってしまう。
でも灯ちゃんを見ていると、そんなにお嬢様には思えないんだけどなあ等と失礼な事を考えつつ、出来うる限り丁寧にトーストを噛り、僕は少しわざとらしく紙ナプキンで口を拭いた。
「運動も喧嘩も勉強も、オールマイティーなんですよ夏樹は、天才ですね。だからまあ、妹と色々としましたよ。対夏樹対策として、格闘技の真似事なんかをよくやってましたねえ」
そう良いながら僕が軽く空手の構えをする。
まあ、僕が直ぐ陸上に夢中になったので、実際に道場に行ったりしたわけじゃ無いんだけど、それでも二人で良く訓練と称して組み手をやったりしていた。
「へええ、あじゃあ妹さんも貴方くらい強いの?」
「あーーどうなんですかねえ? でも小学生の時は隠れてこそこそ何かやってたみたいですけどねえ」
「そうなの?」
「そう、あいつ意外と表に出さないんですよねえ……」
仲が悪いわけではない。でも、少なくとも妹と僕はお互い隠し事をせずになんでも話すという関係でははなかった……。
身内だからこそ、常に近い距離にいるからこそ、お互い干渉しすぎないようにしていた。
でも思春期に入りそれがどんどん大きくなって行った。そしていつしか兄妹の信頼関係に疑いを持つようになり、そこから不満が蓄積し、爆発したのかも知れない。
もっと天と話して、悩みを相談したりすれば、僕はあんな考えに陥ったりはしなかっただろう。
僕は天の事をほったらかしにして、陸上にのめり込み過ぎた事を少しだけ反省した。
そして怪我をした後からも、その一歩踏み込めない関係は続いている。
もっと妹と、円の事を含めて話し合っていれば良かったかもと、僕は今更ながらに後悔していた。
◈◈◈
「こんにちは!」
近所に響きわたる程に私のフルネームを呼んでくれる天ちゃん。
そんな近所迷惑な事にはお構い無しで、鬼の形相で私に向かって突進してくる。
とりあえずここで殴られると、近所から通報されかねないので私はサイドステップをして、彼女をスルりと避けるとそのまま開いている玄関に飛び込む。
「お邪魔しまーーす」
「ちょ!」
急ぎ靴を脱ぐと家の中に入る。
彼女以外に誰もいないのは承知している。
「待て! 勝手に入るな!!」
天ちゃんは私を追って玄関に入る、私はそのまま逃げるように廊下に向かった。
突き当たりは台所とリビングかな? 狭い廊下では逃げ場がない、でも扉を開けている間に追い付かれる。
ならば、ここで……私は振り向き彼女に向き合う。
「……」
彼女は立ち止まり黙ったまま私を睨みつける……血走っている瞳、相変わらずの攻撃色。
そのまま息を整え、じわじわと間合いを詰めてくる。
そして、ここから?! という距離から飛ぶように私に近付くとまずは私の頬を狙い平手打ちを繰り出した。
この間は甘んじて受けたけど、今日はそうはいかない。
私は一歩後ろに下がり平手打ちを避ける。と、今度は返す刀で私の顔目掛け、手刀で突いてくる。
速い! 私は予想よりも速い動きに驚きつつ、さらにもう一歩下がり手刀を交わすと、今度はそこからさらに踏み込み、手刀の指を開いて目を狙ってくる。
次々とコンボを繰り出す天ちゃんに私は思わず怯んだ。
ドンと背中が扉に当たる。もう後が無い、私は彼女の目潰し攻撃をお祈りするように右手を顔の前にかざして受けると、そのまま彼女の手を掴んで後ろに引き体位を入れ換えた。
彼女は後ろ向きの態勢から私の足目掛けて回し蹴りを放つ。
「っつ!」
後ろに半歩飛びギリギリ蹴りをかわす。思っていた以上に手強い、格闘技でもやっていたのか?
あの兄にしてこの妹あり、さすがと思える瞬発力とバランス、そしてその強い体幹に私は感心した。
でもね、私だって。
いつまでも防戦一方ではらちが明かないと、私は彼女に向かって足を振り上げ顎に向かって蹴りを入れた。
「ふん!」
その私の大きなモーションの蹴りに彼女は口角を上げ、薄ら笑いをしながら身体を反らして軽く避ける。
でもね、これは罠なのよ!
大きく振り上げた足、その状態で一歩前に踏み出し、今度は脳天目掛けて振り落とす。
「くっ!」
そうさっき身体を入れ替えた所から私の作戦は始まっていた。
もうこれ以上後ろには下がれない。
後ろの扉に身体をくっ付け、彼女はしまったという顔をした。
とりあえずこの間の借りは返せた、と思ったその時、彼女は後ろ手に扉のノブを回し、扉を開けるとそのままバク転をして私の攻撃を避けた。
「な!」
彼女に当たる筈の私の蹴りは空を切りドンと床を鳴らした。
リビングのソファーの前で息を整え私を睨みつける天ちゃん。
うーーん、思ったよりも手強いなあと、私は彼女の実力を過小評価していた事を反省する。
この間の、あの雷雨の中で私を殴ったあの時、彼女は手加減していたんだろうと今の攻撃で推察出来る。
でも私だってね、子供の頃からバレーやダンスを習っていた。そしてアイドル時代には筋トレも欠かさなかった。
さらにそのアイドル時代にしていたとあるパフォーマンスで、私の握力は男子並みにある。
だから喧嘩なら負けないって思っていたけど……。
お互い手の内は見せた、多分実力は同じくらい? ……でも、私は負けるわけにはいかない。
彼の為にも、ここで引くわけにはいかないのだ。
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