第15話 コンマ3秒

 

 日本記録を出した少年が入学してくる。


 始まったばかりの工事中の競技場を前に陸上部顧問の先生からそう聞かされた。

 今年度から予算が大幅アップし、さらに競技場を全面改修するという学校の力の入れ方に私は……苦々しい気持ちで一杯だった。


「どうせ……」

 短距離なんて、小学生で速いからと言って、中学でも、高校でも速いとは限らない。

 私が良い例……なのに。

 それなのに……この力の入れようと言ったら、滑稽で笑ってしまう。


「そんな事よりも、コーチは来るんですか?」


「決まったみたいよ」


「そうですか!」


「それもあっての工事だから、我慢してね」


「わかりました……」

 信頼出来る人がいない……私は自分の信じた者以外の聞く耳を持たない。

 面倒くさいってわかっている……でも、今まで色々言われてきた、小学生の時、走る才能があると言われ、小さな大会だけど、あっさり優勝した。


 すると周囲の大人がこぞって私を教えようとする。

 最初の頃は聞いていた、でも……私の記録はみるみる落ちていった。


 すると皆ここまでだねって離れて行った。


 言われた通りにやったのに、腹が立った、見返してやろうって思った。


 だから私は自分だけ信じた……自分の足だけ……。


 そして小学生の最後の大会で……私は自己記録を破った。

 まだ成長している、私はまだまだ早くなるって……そう思えた。


 でも……そこまでだった……。


 中学になっても記録は伸びなかった。

 そして諦めかけた中二の春、うちの学校に新任のコーチが来ると聞かされた。


 名門陸上部出身のコーチ……でも、そのコーチに私は殆んど教えて貰えなかった。


 そのコーチは、ほぼ一人の新入部員に付きっきりだった。


 宮園 翔 陸上をやっているなら、短距離をやっているなら、誰でも知っている名前。


 小学生日本新記録の保持者、そして参考記録では既に中学新記録も出している。

 生意気なガキ、そう思っていた。

 

 でも……私は彼の走りを見て、その走る姿に衝撃を受けた。


「綺麗な走り方……」

 100m走の時も綺麗なのだけど、一番は、白いトレーニングウエア姿でウォーミングアップするその走り……私の前を通り過ぎた時、まるで高級車が前を通って行ったような、そんな錯覚に陥った。


 その高級車が、100mの時はスーポーツカーの様な走りへと変化する。

 私はその姿を見て……不覚にも……憧れてしまった。


 もうコーチなんてどうでも良い、彼の走りを自分の物に……私は彼の真似をした。

 まずは同じ白のトレーニングウエアを買い、同じトレーニングシューズを買い、同じスパイクを買った。


 形からって思われるかも知れない、でも彼のあの走りは、あの美しいフォームは、そう簡単に真似出来る物じゃない。


 それでも私は彼の一挙手一投足を見続けた。


 半年間彼を見続けた……。


 そして……私は……いつの間にか……彼に夢中になっていた。



 ◈◈◈



「先輩! 新記録じゃないですか? これ」

 記録を取ってくれた新入部員の子がポニーテールをピョコピョコと跳ねさせながら慌てて私の元に駆け寄ると、持っていったストップウォッチを私に見せる。


「はあ、はあ、はあ……そうね……」

 勿論参考記録、スターターも光センサータイム計測器も、電光掲示板も準備していない。

 さっきのは彼に対するパフォーマンス、それにいくら正確な記録でも、公式記録員も審判もいないので仮に凄い記録が出ても参考記録にしかならない。


 でも、そんな事はどうでもいい、それこそ彼女が私に見せている記録もどうでもいい。


 だって、そんなの走ればわかる……だって……コンマ3秒も違うのだから。


 100mは女子なら、1秒で約9m進む、コンマ3秒で約3m……コンマ1秒縮めるのにどれだけの練習が必要か……私はそれを身を持って経験している。


 それなのに、いきなりそれだけタイムが縮まれば……嫌でもわかる。


「──やっぱり……彼をここに……」

 さっきの彼のアドバイスを聞いただけで、いきなり記録が伸びた。

 思っていた通りだった。彼のあの美しい走りは才能だけじゃなかった。

 普段の練習と理論に裏打ちされた走り。


 彼のあの美しい走りは、彼の中で生き続けている。


 生徒会長になったのも、3年を押し退け2年で短距離のリーダーになったのも全部彼の為、彼をここに、この場に戻す為……。



【あとがき】

 以上第一章でした。

 次回幼なじみ絡みから始まります。

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