第45話 今日は何曜日?


「それでね、入学式の時怖くて怖くて一歩も動けなくなって、でも次の日教室で翔君を見た時、もう天にも登る気持ちになって、危うく抱きついちゃう所だったの」


「でも、そんな素振りは」


「だ、だって、ただでさえ嫌われてるかもって思ってたから、これ以上迷惑かけちゃ駄目だろうなって」

 

「そうだったんだ」

 だから始め僕を無視するように振る舞っていたのか。


「うん、周りからバレない様にそっと翔君を見るのに苦労してたんだよねえ、ちっちゃい鏡とかで確認したりして」


「そうなの?」


「うん、そしたら翔君もチラチラと私を見てて」


「うえ!」

 ヤバい気付かれてた。


「でも怖い顔で見てるから、やっぱり嫌われてるのかなって、だから全然声かけられなくて……」


「そうなんだ……」


「だから今とっても幸せ、こうやって話せて…………だから、あのね、もうちょっと、もうちょっとだけで良いから、幸せな気分でいさせて欲しい」

 円はそう言うと、僕の腕を掴む。

 僕は天井から円に目線を移した。


 部屋の明かりは薄暗くしている。でも円の顔がほんのりと明かりに照らされていた。

 円は怯える様に、そして懇願する様に僕を見ている。

 ずっと怖かった……そう言っていた。でも、彼女はそう思いながらも必死に勉強をして、必死に仕事をして僕に会いに来てくれた。


 後、何日かはわからない……でも、そんな円の思いを無下にしてまで早く行こうなんて思えない。


「……良いよ」


 僕は円を見てそう言った。

 覚悟は決めている……たかだか数日遅らせた所でこの気持ちが揺らぐ事は無い。


「本当!」

 僕がそう言うと円の顔がパッと明るくなる。

 誕生日プレゼントを貰った子供の様に……。

 まだどことなく幼さが残る円の顔、可愛さと綺麗さが同居する奇跡の顔立ち。

 こんな可愛娘が僕の事を好きなんて、いまだに信じられない。


 何も無い僕のどこを好きになったのだろうか?

 やっぱり責任を感じてそう言っているだけとしか思えない。


 同情なら……やめて欲しい……。


 でも、今さらそんな事を言うつもりは無い……。



「でねでね、明日買い物したら行きたい所があるんだ」


「行きたい所?」


「うん!」


「どこに?」


「前から行きたい公園があるの!」


「あーー」

 まあ北海道と言ったら有名な公園があるよね、少年よ大志を抱けって奴?

 今の僕に大志を抱けって、それどんな皮肉? やっぱり円は僕を引き止めようとしてる? あ、でもあそこって展望台だったよね? 公園じゃないか……だとすると大通り公園とか? 雪祭りで有名だよね? 今5月だけど……。


「えっと……それって……どこの公園?」


「あ、あのねあのね、北海道にね、凄くマニアックなローカル番組あってね、そこでよく撮影してる公園があってね、でもこっちで仕事があってもマネージャーとかに言い出せなくて、でも一度行ってみたくて」

 しどろもどろになりながら円は必死に行きたいアピールをしてくる。


「へーーそうなんだ……それってどこにあるの?」


「平岸! 平岸高台公園に行きたいの!」


「……平岸?」

 どこそれ?


「あのねあのね、なんか原付で延々走らされたり、深夜バスに延々と乗せられたりする変な番組で、でも面白そうで私もやりたいみたいな?」


 円さん、それって……僕でも知ってる有名番組だよね?


 前から思ってたけど、そう、円って色々とちょっとズレてる?

 しかもひょっとしたら……ドM? だから僕に殴られたいとか言ったり、妹に対して無抵抗だったり?


「その番組で、くるくる回ってるの、タコがくるくるって、あははは、それが面白くて面白くて」


「……へーー」

 しかもツボかそこ? いやもっとあるでしょ? あったよね?


「はああ、明日また夢が叶のね」

 円は幸せそうな顔で僕ではなく僕の後ろ、窓の外、さらにその遠くを見る様にうっとりしている。


 いや、さっき僕とこうやって喋れた事で夢が叶ったって言ったばかりだよね? 何でもっと嬉しそうなの? なんでそんなに、うっとりした顔をしてるの?


 てか、回転寿司といい、くるくる回るの好き過ぎない?


 やっぱり僕はいまだに、この子の事が、円の事がわからない、掴みきれない。


 てか、本当に円は僕と……死ぬ気があるの?


 僕の中で一抹の不安が過る……。


 その後も円はお気楽に北海道の美味しい物の事、昔仕事で来た時に見た動物の事、そんなどうでも良いことを延々と話続けた。


 でも……それは決して僕にとって不快な物ではなく、円の美しい声がまるで母さんの子守唄の様に感じ、僕はいつの間にか眠りに落ちていった。


 久しぶりに、なにも考えずにぐっすりと……そして側に誰かがいてくれるという安心感からか……悪夢も見る事なく……僕は……朝を迎えた。


 

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