第44話 お邪魔しまーす


 膝を抱える事も出来ない……。


 落ち込む時は膝を抱えて間に顔を埋める。

 そんなシーンを漫画やアニメ、演劇、CM等で、よく見かける。 

 笑ってしまうくらいにわかるサイン、でもそんな事も僕には出来ない。

 ソファーに座りだらしなく伸びている右足に怒りを覚えてしまう。


 愛していたのに、僕は自分の足を、誰よりも愛していた。

 これもnarcissism、自己愛の一種なんだろう……。


 今はとても憎い……あの時あの事故の時に切ってしまえばって……そう頼めば、こんな思いはしなかったのだろうか……。


 視線を足から窓の外に移す……そこには綺麗な夜景が広がっている……よく吸い込まれる様な景色だなんて言うけど、本当に吸い込んでくれたらって今はそう思う。


 この窓が開いてくれれば……もうこんな思いはしなくて済むのに。



「はああ、お待たせ~~すっきりしたあああ」

 そう声がして、僕は我に返った。

 振り向くと、円がバスローブ姿で部屋に戻ってくる。

 頭にはタオルを巻き、火照ったら顔で僕に笑いかけてくる。


「あ、あああ、足……」


「え? ああ、短いよねえ? 最近ちょっと太ったからハズいなあ」

 バスローブの丈は短く、円の美しくて綺麗な太ももが露になっている。

 

「綺麗な……足……だ」

 その美しい足を見て僕は思わずそう呟いた。

 夏樹とはまた違う円の太もも、スポーツで鍛えられたのとは違うその足、でも夏樹に全くひけを取らない美しさに、僕は思わずため息をついた。


「え? そう? えへへへ、誉められちった」

 円は自分の足を見つめ、照れ臭そうに笑う。


「あ、ご、ごめん、じゃ、じゃあ僕は先に寝るから」

 じろじろと女の子の足を見て、しかも本人の前で綺麗とか足フェチの変態じゃないかと思い、僕は慌ててそう言って誤魔化した。


「あ、うん、私は髪を乾かしてから寝るね」


「うん……」

 勿論別々にだよね? 一緒にとか無いよね……なんて、そんな馬鹿な事を考えながら僕はソファーから立ち上がると、そのままベッドに潜り込み、布団の中でごそごそとズボンとシャツを脱いだ。


 シャワーも浴びて無いのにバスローブは変だし、かといって着替えは全部こっちで買うつもりだったので下着以外は持ってきていない。


 僕達はここで、北海道で何泊するかもわからないから……。


「本当に……何泊するんだろう……」

 もしかしたら、明日には……そう考えだすと、ベットに入ったものの全く眠れない。

 いや、考えなくとも、僕はここの所、殆んど寝ていない。

 

 いや、正直……事故の後からぐっすりと眠れた記憶が無い。


 毎日見る悪夢、闇の中で一人泣き叫ぶ自分、誰も来ない、誰も手を差し伸べてくれない。

 そして、ずぶずぶと沼に落ちていく這い上がろうにも足が動かない。


 そんな夢を毎晩見る。

 それでも寝なければと、授業や勉強に差し支えると、無理にでも目を瞑り少しでも寝る努力をしていた。


 でも、今はそんな事をする必要も無い。


 虚無感が僕を襲う、

 なにもかもどうでもいいって思える。

 

「寝たの?」

 髪を乾かした円がまた部屋に戻ってきた。

 僕は天井を見たまま「まだ」とそう一言だけ言うと……。


「そっか、じゃあじゃあ寝るまで少しお話しようよ」


「話って……別にいいけど」

 話す事なんて何もない、そもそもそんなの意味があるのか? ってそう思ったっが、どうせ眠れないならと僕は円の方に目を向けると。


「お邪魔しま~~す」

 そう言って僕のベッドに入り込んで来る。


「えええええ!」


「え? だって、このベッドじゃあ、遠すぎるから」


「いや、だって」


「お話するって言ったでしょ? 詰めて詰めて」

 そう言いながら僕にすり寄って来る円、僕は慌ててベッドの端に寄った。


「うん、ほらちょうどいいサイズ」

 枕に頭を乗せ天井を見上げる円、僕も慌てて天井を見上げた。

 キングサイズのベッド、通常はダブルベッドとして使われているので、二人で寝ると丁度いいんだけど。


「……いや、えっと、ええええ?」

 小さい頃に両親や妹と以外で、こうやって一緒に寝た事なんて無い。さすがに夏樹とだって一つの布団で寝た事はない。


 円の甘い香りが布団の中から僕に伝わる。

 ヤバい、これはさすがに……さっきまでの虚無感が嘘の様に僕は思わず興奮してしまう。

 

「えへへへ、なんか照れるね」


「照れるくらいならやらなきゃいいのに……」


「だってさあ、こうやって一つのお布団で一緒に寝てお話するのって、子供の頃からの夢だったから」


「これが?」

 男子とこうやって寝る事を子供の頃から夢見てたなんて……結構大胆で少しエッチだなって一瞬思った……でも彼女は凄く寂しそうな声で、その僕の考えを否定した。


「小さい頃にママやパパがこうやって一緒に寝て、そしてお歌を歌ってくれたり、本を読んでくれたり、幼稚園や小学校の話を聞いてくれたり、大抵の人ってそういう事をして貰った経験ってあるでしょ?」


「まあ」


「私は無いの、少なくとも……記憶の中には無い」


「そうなんだ……」


「うん……修学旅行で枕を囲んで皆で恋ばなしたり、男の子の部屋に遊びに行ったり、そんな経験も無い、だからずっと夢だったの、あはは、今……全部叶ったよ」


 円は僕の横でそう言った。

 今どんな表情なのだろうか、僕は天井を見上げたまま、黙って聞いていた。

 そして彼女も孤独なのかと、僕だけじゃなく彼女もなんだって……そう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る