第195話 普通の恋愛


 インターハイが始まるも今年は俺のせいで応援には行けない。

 とはいえ、会長のファンの部員はこっそり自腹で行っているので、俺に対するヘイトは殆ど無かった。


 まあ、でも俺は知っている。

 遠征に少人数で行くのを俺のせいにしているが、毎年減り続けている部費が一番の原因だということを……。


 このグラウンドの維持や機材の整備だけでも、とんでもなく費用がかさむ。


 でも……とりあえず、その原因の一端も俺にあるので、それを敢えて言わないが……。



 夏休みが始まり朝から練習が開始する。

 とはいえ、日中はかなりの猛暑になる為に、練習は午前中で切り上げる。

 

 それでも朝からかなりの気温だ。

 タータンの焦げる匂い、芝生から沸きだつ湿気。


 まさに夏の陸上部って感じで俺は大好きなのだが、他の皆、特に入ったばかりの新人はかなりキツイであろう……フラフラと汗をびっしょりかきながら練習をしている。


 

 俺は昨日あれから色々考えた。

 そしてある一つの結論を導きだした。

 円に足りない物、それは普通。


 普通ってなんだよって思うかも知れない。

 たまに親が普通の人になれって言ったりする。

 でもそれは普通でない人がいるって事だ。


 勉強の苦手な人、足の速く無い人、そもそも不健康な人。

 普通って言うのは、いわば下に見ている人がいると言うことに、いじめに繋がったりする。

 人に上下なんか無い……ってには建前だ。

 陸上なんて単純にタイムや距離で順位を決めてしまう。


 だが、今はそんな定義は宇宙の彼方に蹴り飛ばしておこう。


 俺が言っている普通とは、毎日秒単位のスケジュールで働いている芸能人では無いという意味での普通だ。



 いわゆる一般の高校生がしている事、さらには放課後の遊びの事を指す。


 俺は思うに、円にはそれが足りていない。

 普通の高校生、普通の恋愛、普通の付き合い。


 そう……俺達は普通の高校生としての付き合い方では無い。


 だからいきなりあんな事をしようとするんだろう。


 勿論いつかはそういう事をするんだろうけど、まだ付き合い初めて数週間、今はそれを普通を目指すべきだと俺は思う。

 

 そもそも俺達は出会ってからずっと普通では無かったのだ。


 毎日毎日芸能界で仕事をしていた円は、恐らく普通の生活さえもしてこなかったのだろう。


 だから、なんとなく円の感覚が少々おかしいのも、そこに原因があるんじゃないだろうか? いきなり俺の為にマンションを購入して俺の為の部屋を用意したりするのは普通の感覚では出来ない。



 俺は今日の練習メニューをこなしながらチラチラと円を見る。


 最近楽しそうにマネージャーの仕事をしている円を見て、俺はそう確信に至った。


「よし……普通の付き合いをしよう、高校生らしい遊び方を……でも、どこへ行けば?」


 放課後デートと言う奴をやってみようかと思うも……俺はどこへ行けば良いのか検討もつかない。


「付き合う前にもたまに行っていた買い物とか?」

 いや……日用品の買い物とか普通のカップルはしないだろう、それはもう夫婦じゃないのか? そもそもそれは遊びでは無い。 

 

「遊園地?」

 今から……? 


「……」

 あれ? もう何も思い付かない……え? 皆、部活の帰りとか、どうしてるの?


 思えば夏樹や妹以外と遊んだ記憶が無いし、その二人とは走る事運動する事以外で遊んだ記憶が殆ど無い。


 中等部の時は誰よりも遅くまで練習して、家に帰りまた練習、それ以外は医学書や陸上関連の本を読み漁っていたし。


 


「え? ひょっとしたら俺もヤバい?」

 普通の生活をしてこなかった円の為になんて思っていたけど……俺も大概だって事に気が付く。

 

 そうだった……俺も普通じゃ無かった……。


 そう、俺達は似た者同士なのだ。

 だから惹かれあったのかも知れない。


 うーーん、困った……。


 普通、普通……普通の高校生、会長は普通じゃないし、灯ちゃんもまた然り。

 普通……そう思った時ある人物が頭に浮かんだ。


 そうだ、彼女に聞いてみよう……。


 俺は周囲グラウンドを見回す。

 するとメイン練習を終えフラフラとしながら着替えに向かう彼女を見つける。

 これはチャンスとばかりに彼女を追いかけ声をかけた。


「えっと……只野さん?」


「……はい?」

 額から汗を流し先輩の後ろをフラフラしながら歩く只野さんに声をかける。

 彼女は少しめんどくさそうに振り向くと、目を細め俺を見つめる。


「えっとちょっといい?」


「は、はい! なんでしょうか?!」

 入った頃は俺に対してまるで変態でも見る様な目付きだった只野さんだが、最近は挨拶もしてくれるようになりかなり可愛い後輩と化している。


「えっと、ちょっといいかな?」


「は、はい!」


 俺は部室に行く道から、彼女を木陰に連れ出した。


「あ、暑いね、大丈夫?」


「はい! 大丈夫です、お気遣いありがとうございます!」

 ああ、なんかいい、可愛い後輩って感じで、スッゴクいい。

 なんて感動している場合では無かった。


 どうするか? どう聞けば良いのか……後輩に恋愛相談とかさすがに恥ずかしい。

 しかも内容が普通の付き合い方とか、もうなに言ってるんだって感じだし。


「えっと、えっと……あのさ、この後って遊びに行ったりする?」

 とりあえず女子同士でどこに行くのか? もしかしたら彼氏と待ち合わせとかしていないか? 俺はさりげなくそう聞いた。


「この後……」


「あ、うん」

 ああ、恥ずかしい……俺は何を聞いてるんだ? 多分今俺の顔は真っ赤になっている筈だ。


「それって……円先輩には内緒って事ですか?」


「え? あ、うん」

 円に普通の生活を、恋愛をした方がいいとはさすがに言えない。

 それはさっきも言った普通でない、異常だと言っている事に繋がる。


「……はあああああ……やっぱり先輩ってそういう人だったんですね?」

 只野さんは深いため息をついた。さすがに引くよね? 遊び方も知らない高校生とか……こんな先輩でごめんなさい、生まれて来てごめんなさい。

 俺も円同様普通じゃないんで……。


「……わかりました……良いですよ……練習が終わってら駅で待ち合わせしましょう」

 そんな普通では無い俺にみかねたのか? 彼女は怒っているかの様に顔を紅陽させて俺にそう言ってきた。


「ほ、ほんと?! ありがとう嬉しいよ!」

 俺がそう言うと彼女は目尻を吊り上げ俺を睨み付けると、踵を返し部室に向かって走って行った。

 その走り方が可愛らしく俺は思わずにやけてしまう。


 さあて、これを円に知られると困るんだけど、この後どう誤魔化すかなあ……。

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