第196話 普通の恋の練習
円と付き合う事になったせいで、今まで通りべったりってわけにいかなくなった。
今までならば、二人で一緒に歩いていても、杖をついて歩く俺の介助といういいわけが出来た。
しかし、今はそうはいかない。
それでなくとも俺と円の関係はかなり知れ渡っているのだ。
変装もしていない学校(部活)帰り、一緒に歩いて帰るのは他の生徒や学校関係者だけでなく、マスコミの格好の餌食となる。
なので基本的に、今は一緒に帰る事も登校する事もなくなってしまったのだ。
付き合う事なって、逆に距離が出来てしまった。
ただ、そのおかげ? か、帰りにこうやって誰かに会う事も可能になった。
杖もいらない……普通のスピードで歩ける。
それだけでも俺の生活が一変したってことを改めて実感出来た。
「……成る程……ハンバーガー屋に入るのか」
駅で待ち合わせると、只野さんは付いてこいと黙って俺の前を歩きだし、そのまま近くのハンバーガー屋に入った。
そして彼女は適当にセットを頼み、俺は飲み物だけ頼むと、駅前の景色が見える二階の席に二人で座る。
「先輩……食べないんですか?」
「あ、うん、飲み物だけで大丈夫」
「……それって、陸上の為に?」
「あ、うん、短距離時代はあまり気にならなかったけど、幅跳びは少し絞らないとね」
「す、すみません……」
「いいよ気にしないで食べて」
「……はい」
俺の言葉に落ち込む只野さん。やっぱりこういう意味でも自分は普通になれないってのを実感する。
でも俺だってそれくらいわかっているのだ。
陸上をやっている全員が上を目指しているわけじゃない。
プロではなく学生なのだから、ましてや彼女は体育科では無い、しかも高等部からの外部入学組なのだ。
そこまでストイックになる必要は無い。
「それで、この後はどうしよっか」
「どうとは?」
「どこに行くのかわからないからさ、付き合うにあたって」
「…………え?!」
「ん?」
只野さんは何故か俺の言葉に驚き、持っていたポテトをポロリと落とす。
「い、いえ……」
そして今度は真っ赤な顔でハンバーガーを思いっきり頬張り出した。
練習後だからお腹空いていたんだろうな? 俺にとってはたいしたことの無い練習だけど、素人に近い彼女は恐らく大変なのだろう。
でも彼女は彼女なりに一生懸命頑張っている。
共に陸上を愛する同胞として、俺はニッコリと微笑み彼女をじっと見つめた。
しかし、普通普通といっても、恐らく俺の考えであって、彼女は普通の女の子では無い……。
まず陸上をやっているだけあってスタイルは良い。
短距離の彼女はアスリートっていう感じでは無いが、寧ろ程よく痩せ、筋肉もいい感じでつき、それなりに脂肪もついているので、その辺を歩いている女の子と比べても遜色なく十分魅力的だと思える。
そして円や会長に比べると可愛さや綺麗さは劣るが、でも彼女の顔立ちは妹や灯ちゃんと比べても大きく見劣りする事はなく、少なくともかなり上のレベルだと俺は思う。
多分、陸上をやっていなければ、普通の高校生だったら、こういう子と付き合って、普通に気兼ねなくデートしたり、出掛けたりするんだろうなあ……なんて……ついついそんな事を考えてしまう。
「せ、先輩って……奥手そうに見えて、結構大胆ですよね」
只野さんはハンバーガーを食べ終え、コーラを一口飲むと一度深呼吸をして俺を睨み付けるようにそう言った。
「そうかな?」
かなり奥手だと思うけど?
「そうです……でも…………良いですよ付き合っても」
「え? ああ、そ、そうか、ありがとう!」
何か決心したような、清水の舞台から飛び降りそうな、そんな気合いのはいった顔で彼女は俺に向かってそう言った。
俺と1日付き合ってくれるのにそこまで気合いがいるのか? と、一瞬凹むも、そんなに嫌でもわざわざ俺なんかの為に付き合ってくれると言ってくれた彼女に俺は微笑みながらそう感謝した。
「いえ……本当最低……でも、私はそれでもいいかなって……」
「ああ、うん……まあ、最低だよねえ」
本当、普通の事も出来ないデートの仕方も知らないなんて、高校生としては底辺、いや、最底辺の俺。
「とりあえずどこに行きましょうか」
「俺わからないし、任せるよ」
「じゃ、じゃあカラオケとかどうですか?」
只野さんは少し考えると、そう提案してくれた。
「ああ、良いねえ」
そうか、カラオケか、学校帰りや休みの日に行こうなんて会話が時々聞こえていた。
円との普通の恋愛の為に、わざわざ練習台になってくれると言ってくれた只野さん。
そんな殊勝な彼女の為にも、俺は陸上以上に真剣の取り組まなければと、気合いを入れてハンバーガー屋を後にした。
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