第194話 プリティ? パワー?


「明日から……居ない?」

 色々あった春は疾風の如く通り過ぎ、何かあるかもと期待に胸を膨らませる俺の大好きな夏休みが始まった。


 夏休みが始まり俺は内心ウキウキしていたが、円との話し合いの後関係がギクシャクしている妹の手前、俺は冷静を装い、なに食わぬ顔で、いや、食べてはいるんだが……日本語って難しい……まあ、要するにそんな関係でもいつもの通りに二人っきりで普通に夕飯を食べていたのだ。


 すると天は、今晩のメインのおかずの鯖の味噌煮を一つまみ口に放り込むと、いきなり思い出したかのように「私、明日から居ないから」と言ってくる。


「そ」

 俺が聞き返すと、そのままご飯を一口頬張り味噌汁で流し込み、簡潔にそう返事をした。


「……あ、ああそうか、インターハイに行くのか?」

 そう言えばインターハイは明日からだった事を思い出す。

 俺は出場出来ないので、全く失念していた。


「そ」


「でも……あれって自粛中だから関係者だけって」


「お兄ちゃんのせいでね」


「……すみません」

 俺はしまったやぶ蛇だったと心の中で反省し、目を伏せ天に謝罪の意を示す。


「今回は部長だけ出場だけど、それでもさすがに部長と顧問の二人だけじゃ厳しいからって事で、急遽私が行く事になったの、勿論キサラ先生のご指名でね~~」


 天はまるで恋人とお泊まり旅行にでも行くようなテンションで俺にそう言ってくる。


「いやそれは普通マネージャーが……」


「そのマネージャーがお兄ちゃんと同等レベルの自粛対象だからね」


「すみません……」

 さっきの反省はなんだったんだと俺は再びやぶの中に手を突っ込み、思いっきり天蛇に咬まれる。


「なので3日間家を宜しく~~」


「え?! 父さんと母さんは?」


「……そんなの居たっけ?」


「いるわ!」

 ひ、ひでえ、いくら殆ど帰って来ないからって……。


「冗談よ、お父さんは海外出張中、お母さんは旅行中」

 

「おいおい旅行って……」

 ちなみに俺は聞いてない。これもいつもの事……。


「お客さんとの付き合いだから仕方ないって」


「そ、そうか……」

 まあ今に始まった話ではないので、その辺はスルーした。


「一応色々と準備はしといたから」

 天は冷蔵庫を見ずにそっちを指差した。

 つまり食事は作ってあるって事か……。


「あ、ありがと…………」

 

「いいえ……」

 妹と久しぶりの長い会話だった……円との話し合い以降、俺と妹の冷戦は続いている。

 

 そしてそんな状態なのに、俺は……どうしても妹に聞きたい事がある。


 はたしてそれを聞いて良いのだろうか……と、俺は数日悩んでいた。


 しかし、今日聞かなければまた数日伸びてしまう。

 そして、3日間妹が居ないという大チャン……いや、妹が居ないという辛い状況だけに、ここで聞いておかなければと、俺は勇気を出して質問した。


「あ、あのさ……そう言えば……、キサラ先生ってアイドルだったんだよね? どんなグループだったの?」

 

「……なんで唐突にそんな事聞いてくるの?」


「あ、いやえっと……顧問がどんな人なのか知るのは大事かな? って思ってさ」


「…………どんなって言われても……変わってるとしか」


「変わってる?」


「えっとね、初めは歌よりも舞台で踊る舞踏派アイドルって言われてたんだけど……握手会とかあってね、女の子にはスッゴク対応がいいんだけど、男に対しては滅茶苦茶冷たかったの、それで一度喧嘩みたいになってね、それ以来舞台でマイクをヌンチャクみたいに振り回したり、マイクスタンドを棍棒代わりに使ったり、踊りって言うよりも空手の演舞みたいな振り付けをやりだして、最終的に武闘派アイドルって呼ばれてた」


「武闘派アイドル……」

 なんじゃそりゃ?


「グループ名『P-Minion』のPは最初prettyのPだったのに、最終的にはpowerのPになってたって」


「へ、へえ……」

 Minionって子分とか手下って意味だよな? 貴方の可愛い子分から手下にしたけりゃ力ずくでやってみろ、って事なのか?

 

 円が時おり見せる力強さの一端はそれだったのか……。

 俺も北海道で首を絞められたし……。


「それでお兄ちゃんは、なんで急にキサラ先生の過去なんて聞いて来たの?」

 妹は不機嫌そうな顔でもう一度同じ質問をしてくる。


「え? いや、だから」


「ふん……どうせ円でしょ……てか、彼女の過去が気になるとか、引く~~」


「そ、そんなんじゃ……って……天、今……円の事を彼女って」

 今のセリフ……円の事を俺の彼女だと認めてくれたって事か?!


「べえーーつうーーにいーー、どうせ直ぐに別れるんでしょ」


「わ、別れねえよ!」


「どうだかねーー、円の好き嫌いはとりあえず置いといて、私はお兄ちゃんと円って合わないと思うよ?」

 妹はめんどくさそうに鯖の味噌煮をグリグリと箸でつつき、中の骨を丁寧に取りながらため息混じりにそう言った。


「合わないって、なにがだよ?」


「全部」


「全部?」


「だってさあ、円ってお金持ちじゃん? 庶民のお兄ちゃんとじゃ住む世界がまるで違うし、芸能活動も休んでるだけだって言ってるみたいだし、いつまたあの華やかな世界に戻るとも限らない。それにお兄ちゃん円と将来結婚とか本気で考えられないでしょ?」


「考えられない……のか? いや、そりゃ……まあ、まだ高校生だし……」


「そうじゃなくてさ、結婚したらあの母親が、あの! 白浜縁がお兄ちゃんの義

理の母になるんだよ? そんな事考えられる?」


「……」

 あの怖そうな人が……母親……。


「ほらね、私は嫌だよ、あの人と家族になるなんて……」


「いや……まだそこまでは」


「プロポーズされた癖に考えてないんだ……だからお兄ちゃんは浅いんだよ、とっとと別れた方が身のためだと思うけど……あ、でも、将来の事を考えない一時だけの関係……つまりは身体だけの関係ならありなんじゃない?」


「ば、バカ言うな!」


「だってさあ、円って有名芸能人でしょ? あれだけ可愛くて誰もアプローチしないってなくない?」


「いや、円は未経験って……」


「へえ、やっぱりそこ気にするんだ、きもーーい」

 天は椅子をガタガタと後ろに引き俺から距離を取る。


「キモい言うな」


「嘘をついている可能性は疑わないんだ?」


「当たり前だろ?!」


「過去の事は気にしてる癖に?」


「そ、それは……」


「まあ、深入りしない方が身のためだよ」

 天は俺にそう忠告すると、また黙々とご飯を食べ始めた。

 いや、そんな事言われても、高校生で結婚とか考えていないし。


 ただ俺はふと思った。

 円はどうなんだろうか? 円はなんであんな事を……結婚しろなんて俺に言ったのか?


 恐らくそれは円の過去、生まれてから今までの生活、そしてあの母親に原因があるんじゃないだろうか?

 円のアイドル時代……いや、それ以前の子供の頃から、俺と出会いそして今に至るまでの間、やはり俺はそれを知る必要があるってそう確信した。




 


 

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