第4話 僕はパニックに陥った。


 彼女の正体に数人が気付き、さらにざわつく教室。

 そのざわめきは、担任の教師が教室内に入って来ても収まる事は無かった。

 

「ちょ、ちょっと皆浮かれて無い?」

 騒がしい理由がわかっていない担任の女性教師はオドオドと慣れていない感じで注意を促す。


 年は多分アラサー、中等部の頃から何度か見た事のある、綺麗で人気のある先生だ。

 恐らく彼女の事が無ければ、学年、いや高等部で一番の当たりクジを引いたと皆歓喜に沸いていたはず。


 そして、いつもならそういう展開なのに、今日は何故自分が騒がれる対象になっていないのか? と、先生は戸惑いつつももう一度注意を促し、続けて自己紹介を始めた。


 しかし、今の僕は……それどころではなかった。


 先生の自己紹介も周囲のざわめきも一切耳に入ってこない。

 頭の中で感情が入り乱れる。

 驚異、驚愕、狂喜、強烈、強運、ああもうついでに興味、強調、共感なんて単語が意味もなく溢れ出す。パニック状態。


 僕は選手時代のルーチンを、100mスタートの時を思いだし、自分を落ち着かせた。


 そして……少し離れた席に座る、白浜 円を……改めて後ろからじっと見つめ観察する。

 さっきも思ったが……彼女はテレビに出ていた時とは比べ物にならない位に雰囲気が違っていた。

 髪の色もそうだが、長さも少し長くなっており、腰まで伸びていた。

 そしてメイクをしていないにも関わらず、肌の白さ美しさは全く変わらない。

 テレビでは太って見えると言われるだけあって、実際にはテレビ以上に細く見える。

 眼鏡をかけて一見分かりづらくしている様だけど、その類まれなる美しさは少々変わったぐらいでは隠しきれるわけもない。

 

 今はそういった違いを見分けられる位に彼女の事を知っているが、僕は初めて会ったとき、彼女の事を……全く知らなかった……。



◈◈◈



 白浜 円の事を知ったのは事故の後、彼女をテレビで見てからだった。

 芸能人と知って……あの美しさに、かわいさに納得した。

 そして僕は興味に駆られ彼女の事を調べた。


 ただ、一般人とは違い、白浜 円の事を調べるのは簡単だった。

 彼女に関する色んな情報がネットのそこかしこに落ちていた。

 

スリーサイズまでも……。


 彼女のデビューは小学生の時、アイドルグループの新メンバーとしてだったそうだ。

 当時僕は陸上の事にしか頭になく、彼女の存在もそのアイドルグループの存在も後から知った。


 しかし、そのグループはその時には既に解散しており、円以外は全員引退してしまっていた。


 噂では有名女優でもある、円の母親がグループのメンバーが気にくわないという理由から、鶴の一声で解散させたとか……。


 そして……その有名女優である彼女の母親を……僕は直接会っている……いや、見ていると言った方が正しい。


 あの事故に遭った日の後に……一度だけ……。


 そう間違いない……今の僕ならわかる。彼女はあの白浜 円に間違いないのだ。


 まさかあの、円が、白浜 円が目の前に現れたなんて、まさに青天の霹靂だった……彼女とは二度と会う事は無いって、そう思っていたのに……あれから、あの初めて会った日から2年以上経っている……でも……何故、何で……同じ学校に……偶然? 偶然なのか?

 確かにこの学校は進学校で、さらには伝統もあり、お金持ちやら、お嬢様やらもちらほらいるにはいる。


 ここに入る為に引退同然で芸能界から退いたんだとしたら、納得出来なくはない。

 特に外部入学組は難易度も偏差値も内部進学よりも段違いで上がる。


 でも、わざわざ難易度を上げてまで、わざわざうちの学校に入って来る意味って……一体……。




◈◈◈



「──くん、宮園君、みやぞのかける君」

 後ろ姿の彼女を見つめ、そんな事をつらつらと考えていると、突然名前を呼ばれている事に気が付く。


 視線を円から担任の先生に移すと、先生は困った顔で僕を見ていた……。


 さっき自己紹介を聞いていなかったので名前が……えっと……確か……「おかま先生?」


「だ、誰が! 松岡舞花まつおか まいかよ! って……貴方の番よ自己紹介しなさい!」

 僕を真っ赤な顔で睨み付ける先生……『まつ、おかま、いか』で、【おかま先生】と先輩が呼んでいた事を思い出し、つい声に出てしまった。

 

 あだ名というよりは蔑称べっしょうに近い呼び方を、本人の目の前でしてしまう。

 勿論先生は美人で男になんて見えない……でも、時折見せる勝気な性格から裏ではそう呼ばれているようだ。


 ヤバい……色々と最悪だ……。


 クスクスと笑う周囲、眉間に皺を寄せ僕を睨む先生、そして……そんな僕を全く見ようとしない白浜。


 なるべく目立たないようにしようと誓った高等部デビューは、全く反対方向に舵を切る事になってしまった。


 これ以上はと、僕はなるべく目立たない自己紹介、名前と趣味と……そして特技? を言って終わらせよう……宇宙人とか超能力とか言わない様に、そう頭の中で考え声を出すが……。


「……特技は走る事で………………あ……あはは……でした……」と、慌てた僕はついそう言ってしまった……。


 静まりかえる教室……いや、これは別にいいんだ、白浜 円さえここに居なければ……ただの自虐なだけ……別になんとも思わなかった。


 でも、彼女の前でこの台詞……これでは彼女に……アピールしているようなものだ……。

 なんて性格の悪い僕……彼女に……そう思われているかも……いや、でも、言った直後も今も、頭の中が真っ白になりながらも……僕はずっと後ろから彼女を見ているが……それでも彼女は一切こっちを見る事なく、僕の事なんて全く気にしてない様子……。


 そこで僕は気が付いた……そうか……そもそも彼女は……僕の事自体覚えていないのかも? って……。


 とりあえず、僕は意識を取り戻し、それだけ言うと頭を下げ「よ、よろしく」と言いながら席に座った。

 

 そして、僕は再び彼女を見る……が彼女は変わらずに、僕の事を気にする事無く、いや、誰の事を気にする事無く真っ直ぐに美しい姿勢で、ただただ……前を見つめていた……。



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