第3話 再会


 新1年生、でも高等部の校舎には何度か訪れた事もあり、そこまで新鮮な気持ちは持っていない。

 その何度か歩いた事のある廊下を、夏樹は僕に合わせてゆっくりと歩いてくれる。


「残念だったねえ、違うクラスで……」 

 前を歩く夏樹は口を尖らせ残念そうな表情でそう言って振り向いた。

 赤い髪がハラリと舞う。


 その髪に似合っている真新しい制服、しかし僕は夏樹のその制服姿をすでに昨日見ていた。


◈◈◈


 そう昨日は入学式、高等部の体育館はあまり大きくない為に、いつもは中等部の体育館を使って行われるが、今年は建て替え工事の為に近くの区民ホールを借りて執り行われた為に例年よりも1日早い入学式となった。


 場所は変わっても式の内容は変わらず、いつもの通りお決まりのお偉方の挨拶、校長からの退屈な訓示、あまりやる気の無い教育主任の先生から学校生活に関する注意等々と滞りなく式は進み、そして最後に生徒会長からの挨拶が始まる……。

 中等部の時と同様な金髪碧眼の生徒会長は壇上に上がると新入生をぐるっと一回り見回す。

 そして壇上から僕を発見し、僕と視線を合わせた。

 そして暫く僕を睨みつけると、一瞬目を閉じ気持ちを落ち着かせる様にしてから、話し始めた。

 そして挨拶の途中「勝ってな行動を慎み学園生活を」の所で再び僕を睨み付ける。

 

 僕はその会長の様子から、今後何かあるのだろうって予感がしていた。


 そう……僕と生徒会長は、中等部の時からの知り合いだ。

 でも……僕は会長と、あの時の、あの事故以来……全く口を聞いていなかった。


 

 生徒会長から精一杯嫌みを言われただけの入学式は、期待も感動もする事無く終わった。


 そして入学式の後クラス表が渡された。

 表には、クラス、担任、そして座席と名字が書かれていた。


 一通り目を通すも勿論全員知っているわけでは無い……が、半分以上は顔と一致する見覚えのある名字だった。

 

 その中に川本と書かれた夏樹の名字が無かった事に、僕は半分残念な気持ちと、そして半分ホッとした気持ちと、複雑な思いでいた。


 

◈◈◈


 クラスの前で夏樹から鞄を受け取る。

 席まで持っていくと言われたが、ただでさえ目立つ姿の僕、足の事を知ってる人は多い、とはいえ外部入学の人もいる中で初日から目立ちたくないからと丁重に固辞した。


 片手に杖、もう片手に鞄、そして肩に諸々入っているバッグを抱え慎重に教室の中に入る。


「よお、手伝うか?」

 入るなり、中等部で野球部の主将だった橋元 勇はしもと いさむが僕に声を掛けて来る。

 高等部野球部で練習を開始しているらしく、既に髪型は坊主、でもその坊主頭を差し引いてもあまりあるイケメン、おまけに高い身長ときてるので、中等部の頃から女子には絶大な人気があった。


「ん、大丈夫」

 上げる手が無い為に笑顔でそう答えると、橋元は少し心配そうな顔で僕にわかったと手を上げる。


 高等部になっても相変わらずイケメン振りを遺憾無く発揮してくる橋元、いい奴というだけでなく、野球部の次期エース兼4番という付加価値まで併せ持つ。


 僕が事故に遭い、その後に周囲から色々言われた時もずっと庇ってくれていた。

 同じ体育推薦組だったからなのだろうか? 部活で忙しく休日に遊んだ事は無いが、僕の唯一の男友達と言っても過言ではない。

 但し別にBL的な展開も無い。


 その他にも知り合い数人から声をかけられ、僕は挨拶をしながら指定された自分の席に着いた。

 遅れて入ったので席は殆ど埋まっていた。

 昨日入学式、そしてクラスで最初の顔合わせとなる為に普通は探り探りの状態になるのだけど、中等部からの内部組が多いので、そこそこ賑わっていた。


 そしてその話し声の半数は僕の話題だった。

 そりゃ教室の外で女の子から鞄を受け取り杖をつきながらよろよろと教室に入ってくれば嫌でも目立つ。

 まあ、いつもの事だけど、こういう視線はいつまでたっても慣れない。


 かといって、殆どは悪口ではなく、ただの好奇心って事も理解している。


 良くも悪くも僕は目立っている。

 

 小学生日本記録を出してから度々マスコミに紹介され、中学新記録も目前、学校でも皆に応援され大会に挑んだ直後の事故……。


 注目するなって言う方が無理ってもんだ。


 2年以上たった今でも、同情とそして……ざまあっていう目線が僕に突き刺さる。

「……勝ってな行動しやがったからだろ、自業自得だよ」

 どこからともなく聞こえてくる声……その声だけが僕の耳に入ってくる。


 いつまで経っても馴れないもんだ……。

 

 指定されていた窓際の席……一つため息をつき窓の外を眺めた。


 遠くに大きな白い鳥が飛んでいた……美しく大きな鳥がこんな都内の真ん中で?  その白い美しい鳥を見て僕は思わずあの時の事を、白浜 円に初めてあった時の事

を思い出す。

 今でもはっきりと思い出す。あの時彼女は真っ白いワンピースを着ていた……あの遠くに見える鳥の様に、美しい姿で僕の前に現れた。


 もう会えない……テレビでも見れない……あの娘は鳥の様にどこかへ飛んで行ってしまった……。


 都会では珍しい大きな白い鳥を不思議に思いながら見ていると、さっきまで騒がしかった教室が一瞬で静まりかえった。


 ようやく先生が来たのかと、僕は窓の外から教室内に視線を移すと……周囲が一斉に一人の女子生徒を見ていた。


 綺麗な黒髪、可愛いらしい顔立ち……細身で抜群のスタイル……。

 なんかどこかで見たような……気が……。


「……ねえあれってまさか、まるちゃんじゃない?」

「そうだあれ、白丸だ」

 誰かがそう呟いた……しろまる……そうだ間違いない、この娘は……あの白浜 円しらはま まどか


 白浜 円、愛称はまるちゃん、他にも白丸とかって呼ばれていた。


「な、なんで……」

 僕は慌てて窓の外を見た。さっきの白い鳥が彼女に変わってしまったのかと……ってそんなバカなと思い直し、再度教室に入って来た彼女を凝視する。

 

 言われて見れば確かに面影がある……でも何で彼女がここに、いや、あれは本当に白浜 円なのか? 僕は目を疑った。

 

 彼女はテレビに出ていた時とは印象がかなり異なっていた。

 茶髪でウエーブがかかっていた髪は、黒髪ストレートになっていた。

 さらに眼鏡をかけ、当たり前だけど、メイクもしていない。

 そして一番はその表情だ。

 テレビでは常に笑顔の彼女、今は全く笑っていない。そして周囲の声を全く気にする事なく誰とも目を合わさず、僕に気付く事なく自分の席に着いた。


 僕は慌てて昨日貰ったクラス表をポケットから取り出した。

 座席と名字が書かれているその紙には確かに『白浜』と記載されている。


「どうして……」

 一体彼女はどうして……僕と同じ学校に?


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