第2話 僕は甘えていた。

 

 円をテレビで見れなくなり、心に穴が開いた様な状態で半年が過ぎた。


 僕は中等部を卒業し、【私立城ヶ崎学園】の高等部に進学した。

 

 中高一貫校、しかもバリバリの進学校のこの学校で僕はギリギリ内部進学を決めた。


 元々僕はこの学校に陸上の推薦枠で入学した。

 当時の僕はあまり勉強もせずに、走ってばかりだったので、普通に入るには少々学力が足りなかった……少々……少々……。

 

 事故で運動が殆ど出来なくなった僕は、ショックから立ち直ると直ぐに勉強を始め、この学校に残ろうって……そう思い、なんとかギリギリで内部進学を決めたのだった。

 

 陸上で入った学校だけど、走れなくなって周囲から色々言われたが……でも僕はこの学校に残ろうって決めたから……。


 多分実力に合った学校に転校した方が楽だっただろう。

 でも、色んな事から逃げたく無かった……これ以上逃げたくなかった。


 子供の頃からの夢、オリンピック……そんな夢を追いかける事が出来なくなった僕、かといってそれで人生が終わったわけじゃない。


 多分まだまだ生き続けるのだろうから、だから苦手だけど、勉強は大事って……そう考えた。


 暫く落ち込んでいたが、次の夢に向けて頑張ろうって、僕はそう決めた……でも、まだ次の夢は見つけていないけど……。


「じゃあ、お兄ちゃんここで……」 

 高校の正門の手前、すっかり散ってしまい新緑が生い茂る桜の木の下で妹は持っていた僕の鞄を渋々手渡す。

 登校してきた皆が、僕達の様子を訝しげに見ている。


「ああ、ありがとう」

 僕はそんな目線を気にする事なく妹に笑顔でお礼を言った。


「ううう、中に入りたい」


「来年な」

 妹はまだ中学3年、僕を追いかけ来年外部入学を狙い現在猛勉強中。

 

「ちょっとくらいなら、バレなくない?」

 妹は周囲を気にしながら僕の耳元でこそっとバカな事を言い出した。


「いや、バレバレだろ? 大丈夫だから、ほら遅刻するぞ」

 妹はわざわざ自分の通う中学校への分かれ道を通り過ぎ、僕の為にここまで来てくれている。


「ぶうううう、じゃ、じゃあ……」


「おっはよおおおおぉぉ!」


「お、おお?!」

 妹と別れる寸前、背後からいつものキンキン声で元気一杯に背中を叩かれそう挨拶される。

 そのキンキン声の持ち主でもある、幼なじみの川本夏樹かわもと なつきは僕が妹から受け取ろうとした鞄を横からひったくった。


 川本夏樹、一見男子とも思える短い髪は茶髪だけど日に照らされると赤く見える。

 染めているわけでは無く地毛だ。

 身長は女子としてはそこそこある。

 そんなに高くない僕とあまり変わらない高さだ……。


 彼女は僕と同じ高校の同級生、バスケ部所属だけど、夏樹はスポーツ推薦で入学していない、まあ文武両道の才女だ。

 

 子供の頃から家が隣同士、特に親同士仲が良く、いつも妹と3人で一緒に遊んでいた。

 

「あ、なっちゃん! おはよう!」

 

「あまっち、おっは~~~まだ朝練無いからさあ、ついつい寝坊しちゃってえ、今日は一緒に行くって言ったのにい、ごめんね」

 夏樹は僕の鞄を抱えたまま両手を合わせそう言って謝る。


「ううん平気だよ、じゃあここからは任せた!」


「うん! 任された!」

 妹は姉の様に慕う夏樹に、僕の鞄を託すと笑顔で手を振りながら小走りにその場を後にする。

 

「──じゃあ、行こっか」


「……うん……サンキュ」


「どうーいたしまして~~」

 笑顔でそう答える夏樹に僕も笑顔で返した。


 そう……僕は不自由な足の為に妹と夏樹に介助して貰いながら学校に通っている。

 僕なんかよりも、もっと不自由な人は多い、だから僕も出来る限り自分ではやっているが、どうしても身内には甘えてしまう……。


 朝の貴重な時間帯は特にそうだ……通常よりも歩くのが遅い僕、片手に杖を持っているので初登校や荷物が多い時、終業式等で持って帰る物が多い時等はこうして二人に手伝って貰っている。

 

 そして妹も夏樹も嫌な顔せずに進んで手伝ってくれる。

 

 僕は妹と夏樹に甘えていた……怪我を理由にずっと……甘えていた。 


 二人ともいつも笑顔で僕に協力してくれている。でも……それは僕に同情しているから。


 だからこれじゃ駄目だって迷惑をかけているって……思いながらも……僕は二人にずっと甘え続けていた。


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