第39話 私も一緒に行く


 風呂から出ると脱衣場には白のスエットの上下が置かれていた。

 ついでに下着も……。

 僕は何も考えず、考えられず、なんの感情も持たず……のそのそとそれを着るとリビングに向かった。


「あ、おかえり」


「うん」

 円はTシャツに短パンというラフな格好でソファーに座って両頬をタオルで冷やしていた。


「良かったサイズあってて」

 そんな状態でも円は僕を気遣ってくれる。

 でも、さっき迄なら心が痛んだろうが、今の僕はもう既に何も感じていなかった。


 そして僕は円の前に座ると彼女の目を真っ直ぐに見つめて言った。


「僕……もう……学校辞めるよ」


 そしてお別れする……君とも……そして……妹とも。



「……そ、でも、私はついて行くよ、どこの学校でも付いて行くから」

 円は僕から目線を外さず、真剣な表情でそう言った。


「駄目だよせっかく苦労して入ったんだから」


「そんなの、貴方目当てなんだからどこでも関係無いよ」


「駄目だよ……駄目なんだよ」


「いやよ」


「無理だよ」


「どうして? 学力では貴方には負けない! どこにでも付いて行くよ」


「ははは、無理だよ絶対に付いてこれない」


「どうしてよ!」



「だって……僕は……どこの学校にも行かないんだから」


「学校に行かない? 就職って事?」


「ははは、僕を雇ってくれる所なんて無いよ」


「じゃ、じゃあどうするって言うの? 貴方の夢は?」


「夢? こんな状態で、こんな状況でどんな夢を見ろって言うんだよ」


「……で、でも」


「もういい……もう終わりにする……」


「終わり?」


「もう全部終わりにすれば……誰も困らない……君も、自分も」


「──そ、そんな……だ、駄目、そんなの駄目だよ」

 円は頬を冷やしていたタオルを下に落とす。

 そして哀しそうな顔で僕を見た。


「皆、僕の過去しか見ていない……もう僕には何も無い、妹にも見放されて……妹は言った、君が僕の僕の将来を奪ったって……あははは、僕には将来が無いって事?……もう嫌だよ、誰も僕を見てくれない、今の僕を……誰も……見てはくれない……もう……限界なんだ」

 

「わ、私がいる! 私がいるでしょ?」


「ははは、生まれてずっと一緒だった妹に見放された僕が、会ったばかりの君を信用するわけが無いよ……君だっていつか僕が嫌になる……僕をいつか見放す」

 だから信用出来なかった……いつか離れて行くのだから……。

 だから僕は利用した、彼女を信用せずに利用した。勉強の道具として……。

 だから僕は妹を選択した……でもその妹に僕は……。


 本当に最低だ、僕なんてどうしよう無いくらいに……。


 だから終わりにしようって……全てを終わりに……。


「…………わかった……だったら」

 彼女は一度僕から目線を外しうつ向く、そして……再び僕を見つめる。


「……だったら?」


「だったら…………一緒に死んであげる」

 円は僕を一直線に見て、僕の目を見て、そしてニコリと笑ってそう言い放った。


「──え?」

 何を言ってるのかわからず僕は思わず聞き返す。


「だから一緒に死んであげるよ……貴方と一緒に」


「──ど、どうして!」


「だって言ったでしょ? ずっと一緒にいるって、だから最後まで一緒にいてあげる」


「そ、そんな……僕は本気なんだぞ!」


「私だって本気だよ?」

 彼女は笑顔を崩さず、僕から目を離さずそう言い切る。


「そんな……」

 口だけだ、そうに決まっている……僕が本気じゃないって思ってるだけだ。


「ただ……一つだけお願いがあるの」

 すると彼女は笑顔から、一転、懇願するかの表情に変わった。

 ほら、やっぱりそうだ……命乞いか? それとも何十年後にとか言うのか?

 

 どんなに止めても無理だよ……もう僕はそうするしか無い……もう僕は誰かを信用する事なんて出来ないんだから。


 一人で生きられない奴が一人になったら、後は一人で死ぬだけ……将来の無い僕の最後の希望……。


「──お願い、チックはチックは生かしておいて欲しい、私は貴方と一緒に行くから」


「……チック?」

 犬? なんで、そんな事を……。


「……チックは貴方に生かされたの……チックは貴方の足で、走りで助けて貰った……貴方がいなくなってチックがいなくなったらあの時の貴方が、命をかけた貴方の証が、その足の最後に走った証が無くなる……そんなの、そんなの……貴方が、貴方のその足が……可哀想過ぎる……」

 彼女はポロポロと涙を流してそう僕に言った……。


「なんで……なんでそこまでするんだよ……なんで……」


 僕がそう言うと円は涙を流しながら笑顔で、満面の笑みを浮かべた。


「そんなの、そんなの決まってるじゃない──貴方の事が……翔くんの事が、好きだから……」

 まだ赤く腫れている頬に彼女の涙が伝わる。

 そしてその涙が、その言葉が嘘では無いって事だけは、僕に……伝わった。


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