第180話 レジェンドからコーチング


「練習の手伝い? わ、私がですか?」


「うん、頼むよ只野さん」


「……いいですけど」

 宮園先輩から突然そう言われ私は戸惑った。

 部長と宮園翔……先輩にそう言われたら、断れる筈もない。


 そして直ぐにメールにて連絡が来る。

 そこは空港近くの大きな倉庫だった。そこで二人と待ち合わせする事になった。



 今日は土曜日で学校は休み、しかし記録会目前なので陸上部は練習だった。

「こんな所に呼び出しって……」

 いったいなんだろうと辺りを見回すと、こんな所には全く似つかわない黒塗りの高級車がこっちを伺うように停まっている。


 怪しく光る高級車と寂れた倉庫街、まるでギャング映画の怪しい物を取り引きする時のような光景がそこにあった。


 えええ? ど、どうしよう、先輩達はまだ来ないし、とりあえず……一旦逃げようか……でも今逃げたら追いかけられるかも知れない……こういう時って死んだ振りしちゃ駄目なんだっけ? 相手を威嚇しないように、正面を向きながらそっと後退りするんだっけ?


 私はゆっくりと気付かれないようにその場からジリジリと後退りすると、何か硬い物にぶつかった。


「痛?!」

 中にぶつかり慌てて振り向くと……そこには部長の胸が……。


「ふ、ふふ、ふふふふふ……」

 

「あ、えっと、お、おはようございます!」


「今……私の胸にぶつかって痛いって言わなかったかしら?」


「いってまへん?! いたって、部長がいたっていっただけでふ」


「噛みまくってるけど……」


「かみまみた! いえ、それよりも、た大変です! ここは危険です!」


「危険?」


「は、はい、多分、何か怪しい取り引きがあるかもです! もしかしたら、トラブルで銃撃戦が!」


「どこのギャング映画よ」


「で、でも」

 私は怪しげに停車している黒塗りの高級車を指差す。

 すると私が指差すと同時に車のドアがゆっくりと開いた。



「ひ、ひいいいいい」

 私は慌てて部長の後ろの隠れようとするとそこには宮園翔がいつもの穏和な表情でのほほんと立っていた。


「お、おはよう、只野さん」


「ひ! あ、おはようございますって、そんな場合じゃ」

 私は今置かれている現状を思いだし振り返ると、そんな私達に構う事なく部長がゆっくりと車に近付いて行く。


「せ、先輩、ヤバイですって、部長撃たれちゃいますよ!」


「えっと、只野さん落ち着いて」


「だってだって……え?」

 部長が車に近付くと開いたドアから長い足と赤いハイヒールが伸び出ると物凄くスタイルの良いモデルさんと思われるようなダークブラウンの美しい髪の外国人の女性が降りて来る。


 そして会長とその外国人と思われる女性は車の脇でお互いをじっと見つめ対峙する。

 スーパーモデルのような二人が暫く無言で向き合う。

 

 するとその外国人の女性は会長を何度か舐めるように見つめたのち……唐突に口をひらいた


「お久しぶりどす~~岬ちゅわん」


「…………どす? ちゅわん」


「相変わらずねセシリー、今日はわざわざありがとう」


「ええねん、ええねん、岬ちゅわんみたいな美少女に逢えるならどこでも行きまっせ!」

 スーツ姿の金髪美女はさっきまでのシリアスな顔から一転満面の笑みで部長を見つめそう言った。


 このあまりの展開に私は戸惑いながら状況説明してよと、宮園先輩を睨み付ける。


「あ、えーーとね、あの人はセシリーマクミランっていう人でね、うちの近くにある高校の生徒会の役員でね、その生徒会関連で会長と彼女は前からの知り合いらしくて……」


「そ、それが今日の練習とどう関係が」


「あーー、うんえっと話せば長くなるんだけど、彼女は外交官の娘でね、今回日本に来日していた、とある人を紹介して貰ってね、それで今日は通訳も兼ねて来て貰ったんだよね」

 なにやら緊張した面持ちでそういう宮園先輩。

 

「とある有名人? それって」


 私がそう聞こうとしたその時再び車の扉が開く。


 そして中からスーツ姿の屈強な男性が一人降りると辺りを見回し、窓に向かって親指を立てた。



 すると、さらに中から白いトレーニングウェアの長身の男性がゆっくりと降りて来る。


「…………ひ、ひう!!」

 その男性の姿に私は思わず声にならない悲鳴を上げた。

 な、なんでこんな所に?!

 

 彼の名は恐らく陸上に携わる人なら知らない者は居ないだろう。


 元100m世界記録保持者。

 伝説の人、「ルイス・テイラー」選手だ。


 何故こんな所に? 私はあまりの事に硬直してしまう。


「うわわわ、本当に来た」


「え?!」


「や、ヤバいどうしよ」


「せ、先輩知ってたんじゃないんですか?」


「いや、聞いていたけど、まさか本当に来るとは思って無かったから、や、ヤバすぎるどうしよう只野さん……」


「えーーーー?!」

 私以上に硬直している先輩……。

 そして暫く話をしていた部長がこっちに来いと手招きすしてくる。

 私と先輩はお互い顔を合わせ頷くと意を決してレジェンドの元に近づいた。



「は、ハロー、ほ、本日はこんな所に来ていただいて」


「せ、先輩それ全部日本語」


「だ、だって英語なんて」


「先輩城ヶ崎学園の生徒でしょ?!」


「じゃあ只野さん喋ってよ?!」


「え?! えっと、ま、マイネームイズただの……」

 

「はあ、あのね、二人とも自己紹介はいいから、彼は時間が無いのにわざわざ来てくれたの、飛行機の時間が迫ってるし、通訳もセシリーがしてくれるし日常会話は私が出来る。とりあえず翔君は中に入って直ぐにウォーミングアップして、只野さんは機材のセットアップ」

 

「「は、はい!」」


「えっと……機材? って」

 いきなりそう言われたけど私は何も聞いていない。

 宮園先輩はわかっているのか? 慌てて倉庫の扉を開ける。

 わけもわからず先輩の後ろについて中に入ると……そこには驚くべき光景が広がっていた。

 

 そう……ここは、陸上の室内競技場だった。

 

「今日はここで最後のコーチングをして貰うのさ」

 目を輝かせ宮園先輩は嬉しそうに私に向かってそう言った。


「コーチング?」


「そう……次の記録会で、僕は高校新を狙う……そしてもし出せたら……」


 宮園先輩が指差す物を見て……そしてその後に続く彼の言葉に……私は驚愕した。


「え? えええええええええ?!」

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