第114話 なんで?
激しい振動が身体に伝わる。
続いて重力が背中にかかる。
そしてフワッと身体が浮かぶ、一瞬だけ体重が消えた。
僕は今、羽田空港16Rから南の島に向かって飛び立った。
ついに円と二人で……って思っていたんだが……。
「ねえねえお兄ちゃん! 見て鳥が飛んでる、うわあああ、ミニチュアみたい、うちの家ってどっちかな? 富士山って見える?」
僕の隣に座っているのは円ではなかった……。
円と勉強合宿で沖縄に行く事は、陸上部の合宿に行く前に妹に伝えていた。
「どうでもいい……」
伝えた時、妹は興味無さそうに……そう言った。
そして、出発の今日、玄関で僕は部屋にいるだろう妹に向かって「行ってきます」と大きな声で挨拶をした。
円と旅行なんて、妹は許してくれていないだろう。
だから返事は来ないと、諦め家を出ようとしたその時、予想に反して妹は2階から降りてきた。
「待ってお兄ちゃん!」見送りしてくれるのか? と一瞬喜んだが妹はピンクのスーツケースを片手に慌てて降りてくる。
「え? 天もどこかへ行くの?」
聞いてない……ま、まさか彼氏と、だ、駄目、まだ中学生なんだから!
自分の事は差し置いておく。
「うん? 私もお兄ちゃんと一緒に沖縄に行くんだけど? あいつから聞いてないの?」
「……えええええええ!?」
全然聞いていないんですけど?
そんなわけのわからない状態で、妹と二人で羽田空港に向かうと、妹は電車の中でさらに円から聞いてない話をする。
「あいつ? 羽田には居ないよ、昨日先に行って準備してるって?」
「……は? だから聞いてないんですけど、てかなんで天が円とそんな打ち合わせをしてるんだ」
「ふん! 言いたくない」
あかんべーをして無視をする妹……僕の知らない間に二人に何かがあったのだろうか? でも……天と円が初めて対面したあの雨の日の事を考えると……やべえ、詳しく聞きたくないわ。
という事で、もういいやと華麗にスルーした僕は、何故か天が持っている航空券の事もスルーし、沖縄行きの飛行機に搭乗したのだった。
◈◈
シートベルトサインが消え、機内サービスが始まる。
窓からの眺めに一喜一憂している妹、僕は遠征で何度か乗った事があるが、恐らく妹は飛行機に乗るのは初めてだった筈。
最近は父さんが転勤、母も父さんの所に行ったりと忙しく、妹は受験、僕は足が不自由という事が重なり、家族で旅行なんてもう当面行く事は無い。
なのでそんなはしゃぐ妹を見て、僕は少しホッとしていた……。
最近は受験のプレッシャーでか? だいぶ元気がなかったから……。
まさか……円はそれを見越して?
「まさかね……」
「ん?」
僕がそう呟くと、機内サービスのオレンジジュースを飲みながら妹は不思議そうな顔で僕を見つめる。
「いや、なんでもない……よ」
「ふーーん」
僕がそう言うと、一瞬口を尖らせ不満そうな顔になるが、直ぐにまた外を眺めニコニコし始める。
とりあえず今は現実逃避をしておこう……円の企みは現地に着いたら嫌でもわかるだろうから。
そう思いながら僕はコーヒーに口をつけ、妹の嬉しそうな姿を見つつ、束の間の家族旅行を味わっていた。
そして……。
「うわああああああ、青い!」
シートベルトサインが点灯して間もなく妹がそう声を上げる。
座席にもたれ掛かり、ウトウトしていた僕は一瞬墜落でもしたかと飛び起きた。
墜落してたら飛び起きねえだろと自分に突っ込み、直ぐに気を取り直し、妹の頭越しから窓の外を覗き見る。
真っ青な海、白い浜辺、始めてみるその光景に思わず息を飲む。
東京から2時間半の空の旅、僕達は南国沖縄に到着した。
到着ゲートで預けた荷物を回収すると、妹は何も言わず空港の出口に向かって歩き始める。
羽田空港でもそうだったが、妹はとても初めてとは思えない様に、僕を案内するかの様に常に僕の前を歩いて行く。
それは沖縄に着いても一緒だった。
僕は円と一緒に行くのかと思っていたので、細かい行き先等は全然聞いていない。
8時の飛行機に乗るから羽田には7時に集合とだけ聞かされていた。
空港に着いたらスマホで連絡すればいいかと何も考えずに気楽に構えていた。
いつも頼りきりなのがここで裏目に出たって事なのだろう。
まんまと円にしてやられたが、悪いのは自分だと反省する。
天を見るとチラチラとスマホを見つつ移動していた。
恐らく円からなんかしらの案内を貰っているのだろう。
それにしてもいつの間に……。
あれだけの事があったのだ、一体どうすれば妹がこんな風に円と連絡を取れるようになるのか、僕には皆目検討もつかない。
天の後ろをノロノロとついて行きながら思い出す。
あの雨の日の事、妹は何度も円の頬を叩き、円はそれを黙って受け止めたあのシーンを。
あの日僕の心は一度壊れた……。
ずっと溜めていた物が、ずっと抑えていた物があの日に弾けてしまった。
今は必要な事だったって、ようやくそう思えてきた。
一度壊して再構築する、そんなきっかけだったから……。
そして今のこの状況を鑑みて改めて思う。
全ては円の手のひらの上なんだなって……。
なので僕は半分諦めている。多分円は先の先まで読んでいるのだろうから。
空港を出るとそのままタクシー乗り場に向かう。
そして天はスマホの画面を運転手さんに見せて「ここへ」と言った。
空港を出ると窓の外にはヤシの木がチラチラと見える。
天はさっきまでの、機内の時とはうって代わり黙って外を眺めていた。
そして走る事30分、なにやら大きな門を通り抜けると、白亜の邸宅の前でタクシーは止まった。
「ここ?」
てっきりホテルに着くのかと思っていたので少し驚く。
玄関の前には、白いワンピース背中には大きなリボンがあしらわれ、豪邸と相まってまるでお嬢様の様な出で立ちの円が笑顔で立っている。
タクシーの扉が開くと、妹が素早く降りる……僕もそれに続いて降りると、妹は僕や荷物には目もくれず円に向かって歩み寄ると……。
「ええええええ?!」
天は唐突に円の顔面目掛けて上段突きを放ったって、ええええええ!?
あの雨の日とは違い、円は全く動じず、表情も変えず天の突きを片手で受け止める。
しかもまるで拳法の達人の様に、左手を腰の後ろに置き、右手一つで天の拳をがっしりと受け止めた。
「ようこそいらっしゃい」
「お招き頂き光栄です」
ちょ、行動とセリフが合ってない。
天は受け止められる事がわかっていたかの様に全く表情を変えずにそう言うと、今度は円の左足目掛けローキックを放つ。
しかし円も、まるで予め決められた殺陣の様に足を引きそれを交わした。
「いやいやいやいや、なんで?!」
な、なんだそれ? え? なんでいきなりバトル展開?
ラブコメ読んでいたのに突然バトルが始まってしまい戸惑う読者のような、そんな思いで僕は思わずそう叫んだ。
そしてそのうち二人を見て、いや特に円を見て僕は思った。
うん……間違っても円に喧嘩を売るのは……絶対に止めようって……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます