第115話 キマシタワ


「はいはーーい、仲が良くていいわね、て言うか立ち話もなんだから、中でゆっくり話しましょう」

 花柄のワンピース姿の長身女子が玄関から出て来る。

 髪はルージュカラーのロング、毛先にウエーブがかかっていて、どことなく色っぽい。

 顔立ちもかなりの美形、見た目は清楚で、円とは違い根っからのお嬢様という感じ……。


「翔くーーん、後でちょっと話そうね」


「は、はい?!」

 円は妹の手を掴んだまま、ニッコリと僕を見て笑う。

 目は全く笑っていない……。


「おおおお、お姉さま!」

 円と戦闘中の妹は、その玄関に立つお嬢様風の女子を見て突然震えだし、泣きそうな声でそう言った……って……お姉さま?


「あらあ、貴女が天ちゃん? 可愛いわねえ」


「は、はい、え! あ、名前知って、う、嬉しい、光栄です!」

 後ろ姿でもわかるくらいテンションマックスの天、いや、そんな姿の妹を見るのは初めてだった。

 さらに妹は円への興味を無くすかの様にあっさりと手を引くと、その人物に駆け寄り握手を求めた。

 彼女がニッコリ笑って片手を出すと、妹は……その手を両手で握り泣き始めた……。


「会いたかった、お姉さま……」


 妹のあまりの変わりように驚きつつ、僕は寝椅子からゆっくりと立ち上がると、そっと円に近寄る。


「どういう事? 」


「あーー、なんかねえ大ファンらしいのよ」


「ファン?」


「私のいたグループのファンだったらしいのよねえ天ちゃん」


「え? ええ? ちょ、ちょっと待って……それってつまり」


「そ、貴方と私が知り合う前から天ちゃんは私の事を知ってたって事」


「……ええええええ!?」


マジか?! 知らなかった……だってそんな事一度も聞いた事は無い。


「じゃあ~~とりあえず~~海行こっか」

 そのお嬢様リーダーは、挨拶とか説明とか全て吹っ飛ばし、邸宅の向こうにある海を指差しそう言った。


 次回海回!




◈◈◈




 海回!

 

 とりあえず玄関に荷物を置き、僕だけ洗面所で着替えをする。

 3人はリビングに向かって行った。


 僕は水着姿で言われた通り、広い廊下を突っ切り、裏庭に出る。


 裏庭にはプールが、そしてその向こうにはプライベートビーチがあった。

 真っ白な砂浜には二つのパラソルに籐製の寝椅子、その横には白いテーブルが置かれ、さらにトロピカルなジュースが置かれている。

 誰が置いたのかと辺りを見合わすと、少し離れた所にメイド服を着た若い女子がこっちを見てお辞儀をした。


「マジ……か……」

 一体ここは誰の持ち物なのか? 円の家なのか? このセレブな設定にドン引きしていると、家の方から黒いビキニ姿のトップモデル、いやさっきのお嬢様リーダーが歩いてきた。


 その脇には目をハートにした天がまるで恋人の様に腕に抱きつき、まとわりつく様に一緒に歩いて来る。


 どうでもいいが……なんで天は……スクール水着?


 もうどこから突っ込んでいいかわからない……二人は僕の横のパラソルに入ると、籐製の寝椅子に座った。


「天ちゃん、ほら、アーーン」


「お、お姉さまにそ、そんな事……は、はい! あ、アーーン」

 トロピカルジュースの上に乗っているチェリーをつまみ、天の口に入れるお嬢様リーダー……いや……なんだこれ?

 

「相変わらず……いいんですか? マキちゃんに言っても」

 僕がどう突っ込んで良いのか? いや、そもそも突っ込んで良いのか? 呆然と二人を見ていると、後ろから円の声が聞こえて来る。


 振り向くとそこには…………あ、僕……今軽く死んだ。


 円は紺色で白のラインが入ったビキニ姿、トップが幅広タイプで見た目は陸上のユニフォームの様な水着を着ていた……しかもアンダーは結構際どいタイプの……。

 見慣れている筈なのに、円が着ると、なぜこんなにドキドキしてしまうのか?


「ど、どかな?」


「え、えっと……に、似合ってりゅ」


「ぷ、あはははは噛んでるし」


「う、うっさい……」

 マジで似合い過ぎてるから……いや、前から思ってたんだけど、円のプロポーションはスポーツ選手の様に均整が取れ、且つ筋肉質では無い。

 適度に脂肪もついていて、どちらかというと長距離の水泳選手もしくは、高飛び込みの選手の様な体型なのだ。

 だからなのか、水着が似合い過ぎている。


「あらあ、マドカ可愛い、昔は水着NGだったのに解禁?」

 相変わらず妹とイチャイチャしながらマドカを見つめる彼女、うーーんこの人って……やっぱりキマシタワ系の人? だとしたら妹が危険過ぎるんだけど……。

 かといって、どうすれば妹を彼女から剥がせるのか皆目検討もつかない……水でもぶっかけるか?


「いや、そんな事は良いんです、ああ、やっぱりこうなったか……」

 すっかり目がハートになって彼女の側を離れようとしない妹を見て円が額に手を当て首を降った。

 

「……で、あの人は誰?」

 僕同様に呆れている円に根本的な事を聞いてみた。


「ああ、えっとね、私が昔いたグループのリーダー……です」


「なぜ敬語?」


「いや……やっぱり悪い事したかなぁ……と」

 イチャイチャする二人……まあ、確かに実の妹のイチャイチャシーンとかあまり見たくはないよね、しかも相手は同性……。


 僕は円の耳に顔を近付け小声で聞いた。


「えっと……そういう……系の人?」

 ああ、円からいつもより良い匂いがする……。


「この間会った……マキちゃんの彼女」


「……へえ」


「解散の時、まあ色々あってねえ、それ以来リーダーとは直接会って無かったの、で、声の録音を条件にマキちゃんに頼んだの」


「色々?」


「まあ、色々……」

 苦虫を潰した様な顔で僕を見る円。


「ふーーん」

 噂になっていた円の母親が絡んでいるとかって奴かな?


「あ、そう言えば名前きいてなかった」


「──キサラ様よ!」

 寝転ぶリーダーお嬢様に首の下をこちょこちょされている妹が、僕を睨んでそう言った。


「キサラ……様?」


「あああ、可愛いいわねえこの娘、食べちゃいたい」

 キサラさんは妹を抱きしめる。


「ちょっと」


「大丈夫よ中学生には手は出さないから」

 知ってるでしょ? って顔をしながらキサラさんのその豊満な胸の中で恍惚の表情になっている妹……うん、とりあえず手は出さないって事なのでここはほほっとこう……邪魔したら僕は多分妹に殺される。


「まあいっか、ねえねえ……あの……今さらだけど、翔くんって泳げる?」

 カナヅチか? って意味では無いのはわかっている。

 

「うん、大丈夫、寧ろ水の中の方が良いくらい」


「そ、そうなんだ! じゃあじゃあ、泳ぎに行こう!」

 円は嬉しそうに僕の手を握る。

 そして手を繋ぎながら海に向かって一緒に歩く。

 

 熱い砂をサクサク鳴らして、円と沖縄の青い海に繰り出した。



 

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