第116話 真夏の海


 海回はまだまだ続く……。


「あははは、ぬるい~~」

 青い海、キラキラと輝く水面、僕は円と二人で腰まで海に浸かっている。

 遠浅の海岸、周囲には誰もいないプライベートビーチ。

 

 そんな天国で僕は水着姿の妖精、いや、天使、いや女神と二人きりで泳いでいる。

 まあ泳ぐといっても足は全然届く深さだ。体重もバランスも気にする事が無いのでここで歩いても杖はいらない。


 ちょっと泳いでは立ち上がるを繰り返し、その度に波の間に間に見え隠れする円のおへそを、水着姿をチラチラと見てしまう。

 

 日差しの下で、円の肌を……こうやって健康的に見るのは初めてだ……。

 だからだろうか、北海道の時よりもじっくり見てしまう。

 

 円の白い肌に濡れた黒髪がしっとりと張り付く。

 艶やかな髪から水滴がこぼれ落ち、肌を流れ海面に落ちていく。

 まるでこの美しい海は、円から出来たのかも……なんてバカな事を思ってしまう。

 

 沖縄の日射しは強い、通常ならばTシャツを着たまま海に入らなければ火傷してしまう。

 僕も円も一応しっかりと日焼け止めは塗っている……それでも強烈な紫外線を完全に防ぐ事は出来ないだろう。

 円の白い肌が少し心配になる。

 まあ、こんがりと日焼けした円も見てみたい気もするが、昨今では運動部でさえも日焼けをしないように心がけている。


 円のこの美しい肌に将来シミでも出来たらなんて思うと、いてもたってもいられず、Tシャツを着た方が良くない? って言おうと思ったが、僕に水着姿を見て欲しかったのかな? と考え、もう少し見ていたいという自身のエゴも相まって、その言葉を一旦飲み込んだ。


 ちなみに一応僕は泳げる。陸上時代からプールには良く行っていたから。足に張りがある時、疲れが溜まっている時等はプールでトレーニングをしていた。


 水の抵抗、体重がかからない、泳ぐというのは全身運動を伴う等々、なにかと利点が多い。

 

 だけど海に来るのは久しぶりだ。小学校低学年の時の家族旅行以来の事。

 ましてや……女の子と来るなんて……。


 そんな思いでいる僕の事を気にせず円は海の中ではしゃいでいる。

 水中から立ち上がる度に、肌についた水滴が弾け飛び、オーラの様に輝く。


 そんな天使に思わず見とれていると、円は僕の視線を感じ照れたのか水中に潜りそのまま僕の背後に回った。


「えーーーい」

 僕が振り向くと同時に円はそう言って満面の笑みで僕の背中を押した。

 そして二人でそのまま海に潜る……僕は仰向けになって上を見上げた。


 水面はゆらゆらと日の光で揺れている。

 そしてその光に照らされた円は笑顔で人魚の様に泳いでいる。


「綺麗だ……」

 それ以上の言葉が出ない、とにかく美しいの一言に尽きる。


 身体の力を抜きゆっくりと海面に浮上すると空を見上げ海面に浮かぶ。

 青い空が目の前に広がる。


「あははは、たのしい」

 円は立ち上がり僕を見下ろし満面の笑みでそう言った。

 胸の谷間から顔を出しプカリと浮かぶ僕を見下ろす……。


「うん……僕も」

 

「良かった、ずっと夢だったんだよね、こうやって皆で海に来るのって」


「来たこと無いの?」


「うん……子供の頃ママとハワイに何度か行ったけど……殆んど泳がなかったなあ……ママは彼氏と出掛けちゃうし一人では……ね」


「そか……」

 有名人の娘……今までずっと好奇の目に晒されて来たのだろう。

 海外ではまだしも日本では未だ円に自由はない。

 

 学校で円は誰とも打ち解けない……常にうつ向き本や教科書を読んでいる。

 以前ポロっと円が言っていた。

 晒されるのにはうんざりだって……。


 打ち解けて、友達になって、他人に自慢をされる。

 写真をSNSに上げられる。


 何度も何度も裏切られ続けて来た。

 そう言っていた。

 

 だから円はいつも一人でいた……。

 

「じゃあ、思いっきり遊ぼう!」

 僕は立ち上がると、円の顔に海水をかける。


「ああああ! こらあ! 反撃!」

 円はニヤリと笑うと、僕に抱きつきそのまま再び水中にダイブする。

 円の肌が、胸が、太ももが僕に密着する。

 柔らかい感触が……なんて堪能している場合じゃない。


「が、がぼがぼぼぼ」

 水をかけ返されると思っていたが、いきなり抱きつかれた──しかも水着で……。

 思わぬ事に僕は息を止め忘れそのまま海中に沈んで行く。


 円に抱きつかれているので、今度は浮かない。

 あ……ヤバイ……溺れる。


 そう思ったその時、僕の異常に気が付いた円が僕を抱き起こす。

 

「ぷはっ」

 海面から顔を出し空気を吸った。

 身体に酸素が回る。まるで限界まで走った後の様な状態だ。


「げほ、げほ」一気に空気を吸ったので目がチカチカする。

 でも少しずつ冷静に戻り今の状態を確認する。


 僕たちは波で少し沖に流されたのか、ギリギリ足の着く所で抱き合っていた。


「ご、ごめん大丈夫?!」

 しっかりと僕を抱きしめ円はそう言った。

 

 降り注ぐ太陽、生ぬるい海水、そして……円の温もり。

 や、ヤバイ……。


「だだだ、大丈夫!」

 僕は慌てて円から離れる。

 だって……僕は今、水着1枚なのだから。


 ある一部の反応を隠す様に、僕は円から離れ自分自身を落ち着かせる。


 少し遠くなった砂浜を見ると相変わらず妹とキサラさんがこっちの事を気にする事なくイチャイチャしている。


 そのまま上がるわけにも行かず、その場で佇んでいると暫くしてパシャパシャと水をかき分ける音を鳴らし黙って後ろから円が近付く。

 僕は砂浜の二人を見て、ようやく落ち着きを取り戻し近付く円に振り向くと。

 円は少し困った表情で、そして真っ赤な顔で僕を見ていた。


「翔くんも……男の子なんだねえ」


「……ひう」

 まずい……バレてやがった……。


「……エッチ」

 円はそう言い僕の顔に水をかけると、僕を抜き去りそのまま砂浜に向かって歩いていく。


 一週間の勉強合宿、沖縄での夏休み……僕の……陸上以外での初めてといっても良い夏休みは、円との夏休みは……まだ始まったばかりだ。


 


 


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