第117話 日焼け止め


「げ……」

 海から上がり砂浜のパラソルの下に戻ってくると……先に上がっていた円がこめかみを押さえて首を振っていた。


 円の視線を追いかけると、天とキサラさんが二人で砂浜の上に敷かれた敷物の上で、天はヨダレを垂らさんばかりの恍惚とした表情で、キサラさんの背中に日焼け止めを塗っていた。


「ああ……お姉さまの肌……とても綺麗」


「ありがと、天ちゃん気持ち……いいよ」

 

 いやいや、なんだこいつらは……って他人ならば知らぬ振りをしてほっておくんだが、天は僕の妹……さすがにここは兄としていい加減にしろ! と怒っても良いだろう?

 いや、しなければならない!


 僕は威厳を込めて天に向かって言った。


「あ、あのさ……えっと……その……程々に」


「──は?」


「あ、うん……なんか、ごめん」

 うん! とりあえず兄として言うべき事は言ったぞ。


 僕は見ない振りという兄として最も素晴らしい判断をして、円の横に座ると氷が溶け薄くなったトロピカルドリンクを飲んだ。


 円は僕同様にもう諦めたとばかりに二人を無視し、僕の隣に座りながら肩や腕に日焼け止めクリームを塗っている。

 うん、そうだね、海から上がったら塗り直した方が確実だね。

 僕は円の姿に感心しながら興味深く見ていると、僕の視線に気が付いた円が僕を見てニヤリと笑う。


「ふふふ、翔君も塗ってみる?」


「……ええええ!」

 そんなハレンチな! それじゃ隣のバカユリップルと同じじゃないか!

 もちろん僕はきっちりと……。


「──えっと……良いの?」


「良いよ」

 円は僕に高級そうな日焼け止めクリームを手渡し、敷物の上に寝転ぶ。

 え? 断らないのか? それじゃお前も隣のバカユリップルと一緒じゃねえか? そんな声がどこからともなく聞こえてくるが、僕はそれを全て聞かない事にした。

 

 だって、興味あるんだ。

 運動部以外の女子、天や夏樹以外の骨格や筋肉に。

 

 この美しいスタイルはどう形成されているのか? 今まで触った人とどう違うのか? 違うならどこが違うのか? 骨からなのか? 筋肉のつきかたなのか? どれくらいの脂肪がついているのか……興味は尽きない。


 そして……円のこの赤子の様にきめ細かい肌に、直に触れて確かめてみたい。


 円の姿を見て、そんな欲望が僕の中で渦巻いていた。


 円は砂溜まりがしない新素材っぽい高級そうな敷物にうつ伏せで寝転ぶ。

 腕の上に頭を乗せ、リラックスした表情で目を瞑った。


 僕はいつものオイルマッサージの要領で、手に日焼け止めクリームをたらす。


 大きなパラソルの下、日射しは直接あたっていないにも関わらず、円の白い肌は光輝いている。


 僕はゆっくりと円の肌に手を近付ける。

 

 人の肌に触れるのは慣れている筈なのに、なんでこんなにドキドキするんだ?

 今までこんな事は無かった……僕の高鳴る心臓の音が波の音を打ち消す。

 

 緊張で喉が渇く、両手はクリームだらけ、今さらドリンクは飲めない。

 僕はゴクリと唾を飲みなんとか喉の渇きを抑え、円の傷一つ無い美しくて綺麗な背中にそっと手を添えた。


 その瞬間、手から電気の様な衝撃が伝わる。

 慌てて離そうとするが、クリームのせいなのか、ピタリと吸い付いて離れられない。

 いや、違う……円の肌の感触があまりに気持ち良くて、僕は無意識に離したく無いと思ってしまっていた。


「あふ……」

 円の肌に触れた瞬間声が溢れる……僕の口から……。


「ぷっ、あははは」

 その声を聞いて円が笑う。


「い、いや……あの」

 あれ? おかしい、いつもなら声を出すのは僕が触った相手なのに……。

 とはいえ、今まで触った相手って、妹に夏樹に灯ちゃんぐらいだけど。

 ちなみに妹が変な声を出した事は無い……夏樹も最近になって出るようになった。

 なんであんな声が出るか僕はわかって無かったが、今、実際円に触れてわかった気がする。


 円は横たわったまま、片目を開き僕を見る。


「あはあ、翔君顔真っ赤だ」


「え? ど、どうして? あれ? ぼ、僕ひ、日焼けした?」

 ここまで高級じゃないけど、僕もこの間の陸上部の合宿用に買って使っていた日焼け止めを塗っている筈。


「どうかねえ、ふふふ」

 円はニヤリと笑うと再び目を閉じる。

 僕は一度頭を振り、落ち着きを取り戻すと再び円の背中にクリームを塗る。


「あ、あ……」

 なんだ、一体なんなんだ? 僕の中にいる何かが声を上げる。

 いくら抑えても口から漏れでる。

 これって一体なんなんだ?


「……へえ、そっかあ」

 円は再び目を開けると、僕を見て凄惨に笑った。

 いたずらっ子が、いたずらを仕掛ける時の様な笑顔の円は、顔の下で組んでいた腕を外すと、自分の身体の下に回す。

 そして何やらごそごそとし始める。


 離したく無かったが円が身体を少し持ち上げた為に僕の手が自然に円の肌から離れてしまう。


 その時喪失感が僕を襲ったが、そんな気持ちは一瞬で吹き飛んだ。


「な、なななな!」

 円は身体を少し持ち上げると、うつ伏せの状態で……器用に水着のトップを脱ぎ捨てた。

 ちなみに僕は円が寝ている横に足を伸ばして座っている。

 だから円の背中を真上からではなく斜め右上から見ている。

 だから、円がトップを脱ぎ捨てたその瞬間、胸の膨らみがおもいっきり見えてしまう。

 白い柔らかそうなマシュマロが、円の重さで潰れて行くのを見てしまう。

 それはつまり体重の軽い円でもあっさりと潰れてしまう程に柔らかいって事だ。

 思わず中身が出てしまわないのだろうかと心配になる。


「あ、見たな、まあ今さらか、これで塗りやすくなったでしょ?」

 陸上のユニフォームそっくりの水着の為に背中がかなり隠れている。

 その部分を塗るには水着の中に手を入れる事になる。

 しっかりと塗らなければ水着の跡が付くのは必死だ。


 だからといって……。


「ほらあ、早く」


「あ、うん」

 円に急かされ僕は再び円の背中に触れた。

 さっきよりも激しい電気的な物が円の背中から僕の手に流れる。

 同時に誰も聞きたくない僕の嗚咽が漏れる。

 

 なんなんだ? この気持ちは一体なんなんだ!

 僕の中から溢れてくるこれって……この気持ちは一体なんなんだろうか?


 それにしても……両隣でこんな事してる僕達兄妹って……。


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