第80話 円と出掛けるのその前に
灯ちゃんが走り終えるのを見て僕は隣に座るサングラス姿の円に言った。
「じゃあ行こうか?」
サングラスに大きめの麦わら帽子、白いノースリーブのワンピース、透けるような白い肌をかなり露出している。
パッと見、どこの昔のハリウッド女優だって格好の円……目立ちたいのか目立ちたく無いのか、全然わからない……。
円はこういう格好をしていると、逆に顔を見られない等と言っているけど、本当かは定かでない。
そもそもあの白浜円が、僕なんかと陸上の試合を見に来ているなんて誰も思わないだろう。
「え? 決勝は見なくてもいいの?」
円かは少し残念そうにそう言った。意外に楽しんでた?
「まあ、見なくても結果はわかってるから、そろそろ行かないと、お腹も減ったし」
今日は朝から灯ちゃんを見に、円と競技場に来ている。
この後円の買い物に付き合う予定だった。
「……でも、灯ちゃん、どうして急に速くなったの?」
予選から見ていた円は不思議そうに言った。
「あははは、元々速いんだよ、僕の真似だって言っておかしなフォームで走ってたからね。自分の走りに戻せばいいだけだったんだ。でも戻せって言われてハイそうですか、とはならないでしょ? だから一度作った走り方を忘れて貰う必要があったんだ」
「それで走るなって言ったんだ」
「うん、あと、この間足を触って思ったんだけど、やっぱり灯ちゃんは瞬発力が優れてるんだ。触った感じが夏樹と似ていた。だからスタートに全てを集中して走れば自然とタイムは伸びる。ただ身体と体幹がついていかないと、バランスを崩しちゃうんだよねえ、低い姿勢で飛び出せばスタートは速くなるんだけど、大抵は躓くんだ」
「それで……でもギリギリだったじゃない?」
「ああ、まあでも、部長さんとの賭けは全国に行けるかどうかだから、灯ちゃんはライバル対決にこだわってたけど、僕は最初からそれはどうでもいいって思ってたんだ。そんなくだらない事よりも全国に行って欲しいし、それが将来的にも一番大事だって思った。そもそも約束も次の総体までだったしねえ、でもまあ、間に合ったみたいだね、決勝は間違いなく灯ちゃんが優勝するよ」
「そうなんだ」
「うん、まあ、今日は風が強いし記録は次にお預けかもね、でも今日の走り方で本人もわかったと思うし、次はもっと速くなるよ」
僕は席から立ち上がると、戸惑いつつも皆からの祝福を受けている灯ちゃんを見ながら、スタンドを後にした。
しかし競技場から出て周囲に人がいなくなるや、円は突然僕のお尻を思いっきりつねりだす。
「ひい! 痛い、痛い! な、なに? 何を!?」
ギュウギュウとつねる円に僕は痛みをこらえながら振り返る。
円は僕を見てにこやかに笑いながら言った。
「翔君、さっき聞き捨てならない事を色々言っていたけど、どういう事か説明して貰えます?」
「えええ!?」
丁寧口調の時の円程怖いものは無い……でも僕、何を言った? 円はなんでこんなに怒ってるの?
「わからないなら、言ってあげるね? まず一つ目、さっき、灯ちゃんの足を触ったって言いましたよね?」
「いや、そ、それは?! さすがに見ただけじゃわからないって言うか」
「へーーじっくりと見て、しかも触ったと……あと、夏樹さんの足と比べて……とも言ってましたね?」
「そ、それは! 夏樹には、その……マッサージを」
「成る程成る程、マッサージですか、あと、部長さんとの賭けってなんですか?」
円の力がさらに強まる、まるでペンチの様な握力で僕のお尻をつねった、
「ひ、ひいいいいい!」
痛い、尋常じゃないくらいに痛い、な、成る程……円は北海道で僕の首を絞めようとしたけど……確かにこれなら、この握力ならあっという間にコロコロされただろうな……と、僕は今更ながらに思った。
「とりあえず、ここじゃあ目立つし、お昼を食べながらゆっくりとお話聞かせてね?」
「は、はいぃぃぃ」
終始にこやかに笑う円、ああ、でもこの笑顔はいつもの笑顔ではなくテレビに出ていた時の笑顔だ。
試験が終わり、なんとか目標の点数を取れた。
円は夏休みに向けてやる事があると言っていた。
僕の新しい人生に必要な事だって、そう言っていたけど。
お尻を擦りながら、円の後ろを付いて歩く。
今の僕の道しるべ、円が前を歩いてくれる。
まあ、それはおいといて……とりあえずいいわけを、円に説明をきっちりしないと……。
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