第29話 深紅のワンピース
待ち合わせ場所は新宿駅南口アルタ前。
久々の繁華街に僕は少し興奮していた。
足が足なので、あまり歩き回れない、でも歩く事自体は今でも嫌いではない。
人と音の渦、ビルの谷間からの光、周囲の喧騒の中、久々の外出を僕は味わっていた。
出かける事自体は嫌いではないのだが、用も無いのに出かけるのは好きではない。
だから新宿まで何の理由も無く来る事は無い。
まあ、あえて理由を付けるなら買い物って事になるが、僕が一人でここまで買い物に来ると、杖のせいで買った荷物が文字通り重荷となってしまう。
だから今まで荷物を持ってくれる妹や夏樹を誘って来る事は何度かあったけど、怪我をしてから一人でここ新宿に来るのは初めてだった。
そして今日ここに来た理由は、会長から呼び出されたから、なので荷物等の問題は無いのだが、一番の問題はいまだに何故僕が会長に呼び出されたか? だった。
会長は何の為にわざわざ僕を、こんな所に呼び出したのか?
僕は人混みの中辺りをキョロキョロと見回し、会長を待っていた。
「本当に来るの? 来ないっていう嫌がらせとか? いや、まあ、それならそれで……映画でも見て帰るけど……」
基本映画は家で見る派なのだが、折角ここまで来て何もしないで帰るのは馬鹿馬鹿しい、今日は勉強の合間の気分転換と切り替え、1日空けようって思っているので、別に会長が来なくても問題は……無い……。
そう言い訳を自分にしていると、何やらガヤガヤと周囲が騒ぎ始める。
「有名人?」
「わあ」、とか、「きゃ」、とか「うお?」とか、人混みの向こうからそんな感嘆の声が聞こえて来る。
そしてその歓声の波は次第にこっちに近付いてくる。
一体これは何か? と思っていると……。
「わあ……」
僕も思わずそう、声をあげてしまった。
「お待たせしたかしら?」
深紅のワンピース姿、手には小さめの高級そうなバッグを抱え、金髪を後ろで束ね赤いリボンを付けた、金のハイヒール姿の長身美女が僕の前に立ってこっちを見ながらそう言った。
僕は思わずその美女を下からなめる様に見た。
締まった足首、細く長い足、細く括れたウエスト、形の整った胸、スラリとした首、真っ赤なルージュの唇、高い鼻、大きな瞳……どこのトップモデル? 僕はこの美女が誰に声をかけたのか知りたくて両隣を見るが両隣共に僕を恨めしそうに見ている……って、え? この人僕に声をかけてきた?
えっと確か僕は今日会長と待ち合わせをしている筈で、それ以外の人とは待ち合わせをしていない、そしてよく見れば目の前にいる美女は会長と同じ金髪……って事は、このスーパーモデルは会長って可能性もあるって事で……。
「そこは待って居ないとか、今来た所だとか、ついでに服似合ってるとか、今日も綺麗だねとか言うべきなんじゃないの?!」
僕を睨みながら目の前の美女が僕に悪態をつく……ああ、そうだ、やっぱりこの美女は、会長だった。
「か、会長?」
「何で疑問形なのよ! 記憶喪失? それとも馬鹿なの?」
「いえ……あまりに、その……綺麗で」
「……つっ……い、行くわよ」
その深紅のワンピースの反射なのか? 彼女の顔が赤く染まっている。
会長はゆっくりと僕の横に立つと、杖を持つ反対の僕の腕に自分の腕を回した。
「!!!」
「???」
周囲から疑問符や感嘆符の声が一斉に上がった。どんな声だよ!?
「え? あ、えっと僕歩くの遅いですよ?」
わけがわからないよ? っていっている場合では無い、とりあえずこの場から早く立ち去らないと、そう思い僕は会長を連れ一歩踏み出す。
「……知ってるわ」
そう言うと彼女は僕の歩くペースに合わせてゆっくりと歩き始める。
その僕達の姿を見て、周囲の人達がガヤガヤと騒ぎ始めた。
「え? 何? 撮影?」
「でもそれにしては男の方が」
「でもなんか……結婚式みたい」
目の前の人混みが僕達の行く手を開ける。
まるでツール・ド・フランスの山岳の観客の様に、モーゼの結界の水割りの様に、僕達の目の前の人が避けて行く、通り道が開いていく。
人から注目されるのは慣れている。良くも悪くもずっと注目されてきた。
でも、こんな光景は初めて見る。
「凄い……」
こんな形で周囲から注目されるのは初めてだ。
「ふふふ、結……式だって……」
「え?」
今、何かポロっと言った会長を見ると、会長は満面の笑みで僕を見ていた。
「何でも……ないわ」
その初めて見る会長の満面の笑みに僕は思わずドキッとしてしまう。
この人はこうやって笑うんだって、笑えるんだって、そしてそれがとても魅力的だってそう思った。
そして会長はなぜこんな格好をして来たのか? 一体僕に何の用なのか? 僕は会長の真意が掴めず、益々戸惑っていた。
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