第82話 水着とユニフォーム


 翔君の期末試験の結果は思っていたよりも良かった。

 陸上に区切りを付けたのが良かったのか? それとも生きる事への執着心が芽生えたせいなのか?

 集中力が増し彼の学力は向上しつつある。


 とりあえず学力はこのままキープしつつ、次の段階に入る事にする。


 次は彼の楽しみを見つける事。


 彼と一緒にいて思った。この人は苦労する事が当たり前だと思っているって……。


 勉強もそうだ、楽に覚える事を良しとしない。

 真面目な性格、真面目を通り越している。

 それはとても素晴らしい事だと思う、思うけど……でも上手くいかないと行き詰まる。その結果自分を追い込んでしまう。


 性格なんて簡単には治らない。


 でも人生に娯楽は必要だと思うの……勿論愛もね。


 彼も決してそういう事を、楽しむ事を嫌っているわけじゃ無い。

 それは北海道に行った時にわかった。


 最終日、全部吹っ切った後の観光、翔君は子供の様に笑っていた。

 そう……彼はまだ子供なんだってその時そう思った。


 彼は子供の頃から陸上一筋、ずっと陸上の事を考えていた。

 練習を休むという罪悪感、苦しむ事が当たり前という考え方はいまだ払拭されていない。

 確かに成績が上がる事は彼にとって試合に勝つのに近い喜びを得られるかも知れない。

 でも、それが陸上に変わる程の感動を得たり、彼にとっての生き甲斐になるとは現状思えない。


 まあ……勉強を教えるだけじゃ、それだけじゃあ私が楽しくない……ってのもあるけど。


 だから次の段階は、陸上以外の事に興味を抱かせる。

 苦しむ事だけじゃないって事をわからせる。

 彼の中で止まってしまって時間を進める。

 私は彼の人生の責任を取りに来たんだ。


 彼が陸上を止めて良かったって言える様な人生にしたい。

 華やかな人生にしたい、そして最後は楽しい人生だったって言って欲しい。

 ううん、欲しいではない、そうするんだ。


 人の人生を悪い方に変えるのは簡単だ。

 でも、良い方に変える事は簡単ではない。

 

 とりあえず、この夏休みは徹底的に翔君に青春を謳歌して貰おうって私は考えた。

 

 

「どう?!」

 私は彼をスポーツショップに連れて来る。

 そして水着を試着して彼に見て貰う。

 予め着けてきた水着のサポーターの上から試着して彼に見て貰う。

 先ずはグレーの競泳水着、やっぱり彼にはスポーツ系が良いのでは?


「あ、ああ、うん……似合ってる」

 少し頬を赤らめ私を見ている。うんうん照れてる可愛い。

 でもやっぱりちょっと違うかな? プールならまだしも南の島では似合わないかも。


「これなんかどう?」

 続いてく着用したのは青の花柄、フリルが付いたタンキニ、最近あの灯って女の子に夢中な彼、もし彼が少女趣味ならこういうのに反応する筈。


「あーーうん、いいね」

 さっきよりも興味がなさそうな顔……今一な反応、彼はロリコンじゃない?

 少しホッとするも、目的は彼の好みを探る事、そして南の島へのバカンスに興味を抱かせる事。


「これなんかどう?」

 昔取った杵柄宜しく私は腰に手をやり取りポーズを取る。本命の黒のビキニ、大胆なカット、勿論ボトムは紐……大人の女をアピールしてみた。


 彼はじっと私を見つめる。

 私の水着姿をじっと……は、恥ずかしい……こんな格好……撮影で着た事も無い。


「うん、似合ってる」

 そう言って更衣室の前で彼は笑うも、やはり今一な反応。

 あれ? 外した? なんか布の面積が小さく成る程彼の反応は今一になる。


 私は考えた……彼にとっての萌えを……そして一つ可能性が頭に浮かんだ。


「ちょっと待ってて」


「え? あ、うん」

 水着を脱ぎ、ワンピースに着替えて私は彼をその場に待たせ、とある商品を手に取り更衣室に戻ってくる。

 そして水着同様それを試着し、そっとカーテンを開き彼に見せつける。


「あああああ、ふえ!?」

 その私の姿を見て彼は動揺する……そのちょっとキモい反応に少し引いた。


「ううううう! なんで水着よりも興奮してんのよ!」

 北海道で一緒にお風呂入った時よりも反応する彼に私はかなり呆れてしまう。


「ななな、なんでユニフォームなんだよお!」

 そう、私は水着の様な陸上短距離選手が着ているユニフォーム姿を彼に見せていた。

 今日一番の反応、思った通りの彼の反応を見れたのは良いんだけど……よりによって陸上のユニフォームに一番反応するとか……。


「ど、どこまで陸上好きなのよ! 一番見慣れているでしょ!」

 今日だって朝からずっと見てた癖に!


「だだだ、だって円がそんな格好するなんて……その……可愛すぎで……」

 真っ赤な顔でそう言ってうつ向く翔君……ううう、どんだけ可愛いのよ!

 

 まあとりあえず……彼の趣味がわかったって事で今日はよしって事ににしよう。

 私はここで水着を買うのを止め、後で短距離のユニフォームっぽい水着をネットで探す事にした。



 そして……とりあえずワンピースに着替えると、試着したユニフォームをレジに持って行く。


「えええ! か、買うの? なんでーー!?」

 貴方が反応したからよ!

 っていうか、中身に反応しなさいよ!


 女子の身体に触れても、純粋に陸上や運動の事しか考えていない。

 本人ではなく足の速さや能力、筋肉にしか興味を抱かない。

 そもそも初恋相手は陸上と来ている。


 前途多難だ……私は改めてそう……実感した。


 



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