第209話 宮古島合宿1日目その2(コンセプトはプライベートな空間)


「いらっしゃいませ、お待ちしておりました、お荷物をお預かり致します」


 ホテルに到着すると黒服姿のイケメンスタッフとメイド姿の美女にお出迎えされた。


 円は驚きもせずメイドさんの後ろを歩いていく。


 外観はホテルというよりも、コンクリート作りの綺麗な一軒家のようだ。

 中に入ると俺の部屋よりも広い玄関、そしてその奥は円のマンションよりも広いリビングが広がっている。


 大きな窓からはプールが見え、その先は海が一望出来る。


 フロント等はなく、言われなければここがホテルとは思えない。


「えっと……俺達高校生なのに平気なの?」

 そう言えばと俺は今更ながらに円にそう訪ねる。


「え? ああ、一応私の個人の会社がまだあってね、そこからの予約だから平気なの」


「……へえ」

 それでカードも持てるのか? と、一応納得するも、個人の会社って一体……また一つ円の謎が浮かび上がる。


「本日お食事はいかが致しますか?」

 メイドのお姉さんにそう聞かれるも俺には返事が出来ない。


「雨だから今日はここで食べます」

 このホテルを予約した時にここのサービス等は理解しているだろう円は、メイドさんにそう言う。


「畏まりました、では7時にご用意致しますが宜しいですか」


「ありがとうそれで結構です」

 丁寧な対応に物怖じすることなく円はそう答える。


「それではまずお部屋にご案内致します」

 メイドさんはそういうと僕の持っていた汚いバックを持ち、一度リビングから出ると玄関脇にあるエレベーターに乗り込む。


 2階建てなのにエレベーター……。


 まあ、こういったホテルに泊まる人は年配の人が多いし……。

 一応名目は合宿なんだけど……となんとなく階段で行きたいと思うも、そんな事を言える筈もなく、黙って俺もメイド様に付いていく。


 それにしても、マジのメイドって初めて見た。

 秋葉原とかにいるメイドさんとは違い、おもちゃっぽくないメイド服、そして歩き方にも品がある気がする。


 最初見た時に受け狙いかと思ったのは内緒の話だ。


 メイドさんに連れられエレベーターから降り、正面の部屋に入る。


 部屋は2部屋の作りでまず入って直ぐの部屋はソファーの置かれている応接室でバーカウンターも設置してあった。

 シックなタンスに大理石のテーブルと高級感を演出している。

 キッチンは無いがお酒が置ける棚もある。勿論お酒は入っていない。


 そして、大きな窓からはさっき下の階から見えた海がさらによく見えていた。


「天気が良かったらもの凄く青くみえるんですけど」

 俺の視線にメイドさんは残念そうに言った。


「こっちがベットルームです、お荷物はこちらに置いておきます」


「え?」

 そこに置かれているベットを見て思わず声を上げた。

 だって……その部屋にはベッドが一つしかなかったから。


『ダブルベッド♡』

 俺の頭の中でそんな声がこだまする。

 えええええ! うそでしょ? マジで? 

 メイドさんがいる為に俺は何食わぬ顔をしているが、頭の中では激しく動揺していた。


 円は俺の動揺に気付く事なく窓際迄歩くと、カーテンを開く。

 

「うん、綺麗」

 窓からの景色を見て納得したようにそう言った。

 

「それでは、次の部屋に」


「え?」

 キングサイズのベッドに釘付けだった俺は、メイドさんのその言葉に思わすそう声を上げてしまう。


「ん? あはあ、ここで二人だと思った?」

 その声に俺が何を考えていたにか気付いた円は、ニヤリと笑ってそう言う。


「そ、そんなわけ……あるわけないような」

 円にそう言われしどろもどろになりながら返事を返す。


「ふふふ、ここは一棟貸し切りなの、だから一応……ね、それじゃあ夕食まで休んでいて」

 円は俺に手を振りそう言うと、メイドさんに後に付いていき部屋から出ていく。

 

 そう言われ内心ホッとするも、少しだけ残念な気持ちになっていた。


 円の部屋を見に行きたいって気持ちを押さえ、外を見るべく窓に近付く。


 外はどんよりと曇っている。

 それでも海の色は青く輝いて見えている。



 外を眺めながら、俺はぼんやりと今の状況を頭の中で整理する。


 円と付き合い始めてからの初めての旅行だ。

 明日から、いや、今夜から何が起きるのか……そう考えただけで背筋に緊張が走る。


 冷房を止め窓を開けると、雨のせいか湿った風が部屋に入ってくる。

 ベッドの側に取り付けられている部屋の温度設定のパネルで冷房を止めた。


 そして窓を開けたままベッドに寝転び天井を見上げた。

 天井はかなり高く大きな扇風機がゆっくりと回っている。


 俺は煩悩を払うべく目をつむり今日からの練習メニューを思い浮かべる。


 そう、これは合宿なのだ。

 

「結局今日は走れなかったからなあ……」

 とりあえず食事の後に日課の筋トレはしようと目を開けて横目で部屋を見る。


 自分の部屋の何倍もあるスペースを見て再び目を閉じ練習メニューを頭の中で作り始めた


 足が悪かった時に自宅の室内でも出来る練習方法が沢山ある。

 

 自分の体重や、ペットボトル等があればどこでも出来る練習方法だ。


 そう筋トレに道具は必要無い。


 本当は少しランニングがしたかった。

 雨は上がっているが、もうじき日が暮れる。


 さっき車で通った限り道路に街灯は無かった。


 知らない土地で恐らく暗闇の中で走るのは無謀だ。


 とりあえず今日はここで練習して、明日から本格的に練習を開始すればいい。


 その辺の打ち合わせを夜に円と…………。


 夜に円と……。


 そう思った瞬間、背中にぞわぞわとしたなんとも言えない感触が走る。


 でもそうだ、二人きりってわけじゃない。


 さっきのメイドさんや、男性スタッフもいるのだから……。


 そう思い少しだけ安心していた……。


 しかし円の部屋を案内し終わったメイドさんがノックをして再び部屋に入ってくると、俺にとんでもない事を言った。


「失礼致します、それでは私たちは引き上げますので何かございましたら電話でお呼びください」 

 

「引き上げる? え? ここに居るんじゃないんですか?」


「はい、お客様のプライベートを重視していますので私達は隣の離れで待機しております。何かありましたらお呼び下さい。夕食もそちらで準備して一階のダイニングにお運び致しますので、お時間になりましたら下にお越し下さい」


「あ、はい……」


「それではごゆっくりおくつろぎ下さいませ、失礼致します」

 メイドさんはそう言うと綺麗な所作でお辞儀をし部屋を後にする。


「マジか……」

 つまりこのホテルでは俺と円は基本二人きりになるって事だ。

 

 俺の背筋が再び、ぞわぞわとした感触が走った。


 円との二人きりの旅が本当に始まる。

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