第210話 宮古島1日目その3(スーツとドレス)


 ベッドに寝転び心を落ち着かせる。

 なんでこんなに緊張しているのだろか……まあ、そりゃそうか。


 初めて円を見た時、こんなに可愛い子が世の中にいるのだろうか?

 そう思わされた。

 

 事故に遭った後も、ずっと気にしていた。

 テレビの円をずっと見ていた。

 俺の前に現れた時も、それからずっと……。


 始めは本当に憎しみなんて無かった。

 でも俺の前に現れてから、なんで来たんだってそう思った。

 手の届かない人だってそう思っていたのに……自分の中で葛藤があった。

 自分の人生を変えた人。

 俺の足を壊した原因。

 円に対して俺の中で憎しみが湧いた。


 でも、今は……良かったって思っている。

 事故がなければ決して俺とは交わる事の無い人だから。


 あの怪我も必然だったのだろう……。


 そんな人と今一緒にいる。二人きりで一緒に。


 天井を見上げながらこの1年、いや事故に遭ってからの3年以上の月日を俺は反芻するように思い出していた。



 そして、食事の時間になるとベッドから立ち上がり、階下に下りていく。


 階段を使って下り、初めに入ったリビングに入るとそこには……肩が大きく開いている綺麗なドレスのようなワンピースの服を着た円が立って待っていた。


「え? お、俺こんな格好で来ちゃったけど」

 円の恰好を見て俺は戸惑う。

 円の部屋に置いてあったジーンズにTシャツ姿の俺は、円の恰好を見て思わず自分の服を見ながらそう言う。


 俺の言葉を聞いた円は、足元に置いてあった高級そうな箱を三つ手に取り俺に渡してくる。


「はい、これに着替えてきてね、さっき届いたから」


「え?」


「ごめんね、今部屋に持っていこうとしてたんだけど」


「あ、うん」

 また部屋にもどるのか? っていう意味で聞き返したわけではなかったのだけど、円は俺にそう言って謝罪してくる。

 俺はとりあえず円から箱を受け取り階段を上がりもう一度部屋に戻った。


「……スーツ一式と靴……」

 ベッドの上で箱を開ける。

 箱には高級ブランドのスーツに白いシャツ、ベルトにピカピカの革靴が箱の中に入っていた。

 

「はあ……」

 それを見て俺はまたため息をつく。

 円にまたお金を使わせてしまった。

 でも、確かにここのホテルでの食事にデニムはまずいだろう。

 そもそも、高校生が泊まるホテルじゃない、どこかの社長やら芸能人がお忍びで来るような……。


「そうか、そうなんだよな……」

 そう、円は休業しているだけで、まだ芸能人なのだ。

 さっきも言っていた、円の会社はまだ健在なのだ。


 だから、こういう所に来なくてはいけないのは必然で、それにはそれなりのお金がかかる。


「慣れていかなくちゃいけないのか?」

 こういう生活に慣れなくては円とは付き合えないのかもしれない。

 でも、はっきりいってこれじゃまるで紐だ。


 円と同等な人間になる為に、俺はもっともっと頑張らなければいけない。

 陸上もそして、勉強も……。


 そう考えながらスーツを着込みリビングに戻ると、円とメイドさんが俺を待っていた。


 そしてメイドさんは俺たちを連れて、リビングの隣の部屋に入って行く。

 そこはリビングよりも少しだけ小さいダイニングルームになっていた。

 

 しかし、メイドさんはその部屋からさらに外に出る。


「おお……」

 俺は外の景色を見ておもわずそう声を上げた。

 そとはうっすらと暗く、太陽が真っ赤になって海に沈んでいく途中だ。


 外にはテーブルが置かれ、たいまつが煌々と燃えていた。


 テーブルの前には大きなプール、その向こうには海が見えている。

 その景色に思わず見惚れている俺にメイドさんがニッコリ笑ってテーブルの椅子を引き座るように誘う。

 円は先にすわって俺を見つめいている。l

 うるうるとした瞳がたいまつの灯りキラキラと光っている。


 なんてシチュエーションなんだろうか……。

 俺はゆっくりとテーブルに歩み寄ると、椅子に座った。


「お飲み物はいかがなさいますか?」

 メイドさんがそう言った。

 俺と円はメニューを開く。


 勿論アルコールの欄は飛ばす。


「じゃあ……ノンアルコールカクテルにしようかな」

 円はそう言って英語で書いてあるドリンクを指さす。


「お、俺は……さんぴん茶で……」

 何を頼んでいいかわからなかった俺は沖縄名物のお茶を注文した。


「畏まりました」

 メイドさんはそう言うと、隣のコンクリート打ちっぱなしの建物に入って行く。

 こっちのホテルとその建物は屋根付きの通路で繋がっていた。

 そこがさっき言っていたスタッフの待機場所なのだろう。


 メイドさんは直ぐに俺のお茶とトロピカルドリンクを持ってくる。


「とりあえず乾杯しよっか」


「あ、うん……なにに?」

 俺がそう言うと円は少しだけ考え、そしてニッコリと笑いながら言った。


「そうね、じゃあ、二人に将来に」

 

「……うん、じゃあ」

 照れくさそうに俺はそう返事をしてグラスを持ち上げる。

 そして円のグラスと俺のグラスが軽くぶつかった。


「かんぱい……」

 円の頬が赤く染まる。

 たいまつと夕日の灯りでなのか、それとも照れているのか。

 俺には……わからなかった。



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