第27話 僕はまだ彼女を信じていない


「じゃあ、この辺にしとこっか」

 ダイニングキッチンのテーブルで向かいあっての勉強会、僕の部屋だと向かい合う机がなく、リビングのテーブルだと低すぎる為に、いつもここで勉強している。


 週末からゴールデンウィークに突入、開けて直ぐに中間試験となるので、今日から少し気合いを入れて勉強する事になった。


「ゴールデンウィークってどうする?」


「ああ、えっと一応勉強しとかないと」


「やった! じゃあ毎日する?」


「いや、えっと1日だけちょっと」


「そっか、じゃあその日以外は一緒だ」


「そ、そうかな?」

 とりあえずゴールデンウィークの事よりもまず今日の事だ。

 今日から平日妹との一緒の食事が毎日ではなくなる。

 だから僕は意を決して言ってみた。


「えっと、きょ、今日一緒にご飯でも、どかな?」


「……! ほ、本当に!?」

 いつも勉強が終わると寂しそうな顔になっている白浜さんが、一瞬呆然となり、そして直ぐにパッと明るくなった。

 ああ、言って良かった……ワンチャン断られる可能性だって……いや、ほらダイエットとか、お腹すいて無いとかさ。


「うん、でもどうしようか? やっぱり出掛けられないよなあ」

 有名人の外出がどの程度ヤバいのかはわからない、でも僕でさえ以前は声を掛けられたのだから、白浜さんは相当ヤバい筈、学校に行く程度の距離ならば問題は無いのだろうけど、ファミレスで身バレでもしたらどうなるかを想像するだけでも怖い。


 さらにはここは学校にも近い、僕と白浜さんの関係がバレる可能性も……って、僕と白浜さんの関係って、なんなんだろう?

 等と疑問に思う余裕もなく白浜さんは僕に提案してくる。


「へ! 変装する、大丈夫私得意だから」


「変装……」

 変装って、このマンションの前で逢ったあの時の? 確かに誰だかわからなかったけど、サングラスにマスクの上からフードとか、怪しさ全開である意味余計に目立つような気がする。


「だ、ダメ?」


「うーーん、今日は配達して貰わない?」


「ああ、そうだね、そっちの方がいいかも」

 何故か顔を赤らめ照れながらそういう白浜さん……どういう感情なのだろうか? 


「えっと、じゃあ僕が頼めば良い?」

 白浜さんの名前だとそれはそれでまずい気がする。白浜円は芸名でなく本名、配達の人にバレる可能性も……。


「パパの名前で頼めば大丈夫、ここの名義もパパのだし、いつもそうしてるし」


「……そうなんだ」


「受け取りも部屋の入口に宅配ボックスがあるからそこに入れて貰ってるし」


「そうなんだ……」


「あ、平気だよ? 名義はパパだけど、ここは私と宮園君の家だから」


「いや、別にそんな心配はしていない……し」

 寧ろお父さんがいた事に僕は驚いていた。

 確か……彼女の母親は、未婚だった気が……。

 以前僕がテレビで彼女を見ていた時、父がポロっと言っていた。

 当時、相当騒がれたとか……。


 そんな僕の疑問を気にする事なく、彼女はニコニコと楽しそうにスマホを操作して、お店を探している。

「どうする? 中華? 和食? ふふふ」


「どれでも、はは、楽しそうだね」


「うん! 誰かと一緒に食事なんて、仕事以外じゃ本当に久しぶりだから!」


「──そか、何でも良いよ」


「そう? じゃあ遠慮なく」

 鼻歌混じりで画面をクリックしたり、スライドしている白浜さん。

 でもやはり改めて思った。


 僕は彼女の事を知らないと……。


 誰かと一緒に食事をするのが久しぶりって……。


 そして、そんな彼女の身の上を簡単に聞いてはいけない気がしていた。


 事故の時、直ぐに弁護士を携え彼女の母は僕の所にやって来た。

 そして、あの日の事を固く口止めされた。


 それはやはり仕事に影響するからなのだろう。


 彼女の母親は、自分自身と、そして彼女の仕事に影響を及ぼす可能性があると判断し、ああいった事をしたんだと今はわかる。


 そして今日、多分誰も知らない情報が彼女の口から語られた。


 父親の存在。


 この高級マンションをポンと買い与える人物……つまり白浜 円は、その人物と超有名女優との子供、つまりはその人物の隠し子って事になる。

 有名女優との隠し子……そんなとんでもない事をポロっと僕に話す白浜さん。


 多分僕が聞けばそれが誰なのか教えてくれるだろうけど……。


 聞けない、そんなの怖くて聞けるわけが無い。


 でも、白浜さんの事を知るって事は、そういう事なのだ。


 今日の事から白浜さんは僕に隠す事はしないだろう、でも僕にそれを聞く覚悟は……まだ無い。


 僕はまだ、彼女の事を信用しては……いない。





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