第168話 遠回りしてでも見たい物
とりあえず……わけのわからないこの状況を整理しようとしたが、各々の思惑が全くわからないので整理したくても整理出来ない。
俺はとりあえず真剣に説明をしている円達からそっと離れると、キサラ先生の元へ歩み寄る。
キサラ先生は真剣な面持ちで皆を見ていた。
「いいわねええぇぇ癒されるぅぅ」
キサラ先生はどこから持ってきたのか? 木陰にキャンプ用の椅子を設置し、どこかの司令官宜しく身体を前屈みにして、肘を膝の上に起き、手を顔の前に組むと、ギラリとサングラスを光らせ顔を動かす事無く皆を見ていた。
「そのサングラスは……目線を隠す為?」
俺がそう聞くとキサラ先生はほんの少しだけ顔を動かし多分俺を一瞥すると、再び正面に顔を戻した。
「だーーいぶ嫌われてるわねえ、貴方……職員会議で色々言われたわ」
「知ってる……すいません」
手術の時学校側からかなり色々と言われた。ただでさえギリギリの成績で、出席日数迄ギリギリとなれば進級出来なくなると……。
ただ会長や担任が怪我は部活中での事故だと、だから手術で休むのは学校側にも責任があると弁護してくれたので、こうして晴れて進級となった。
しかし、恩情で進級したにも関わらず俺が陸上部に入った事でさらに嫌われる事態となっている。
「まあ、ここにいる人達には好かれているみたいだけどね」
「そう……なんですかね?」
「貴方を見る先生方や男子の空気と、ここの空気は雲泥の差ね、居心地いいでしょ?」
キサラ先生は俺に目線を合わせず、正面を向いたままそう言った。
「まあ、それなりには……」
「それで、円をほったらかしにして、私に何を聞きに来たのかしら?」
「……キサラ先生は……なんで教育者になろうと?」
「ん……そんなの若々しいJKとイチャイチャ出来るからに決まってるじゃない?!」
何を当たり前の事を聞くんだとばかりに、俺に笑いながらそう言う。
「…………それで本当のところは?」
「……はあ、嫌な子ね……そういうところが嫌われる原因なんじゃないの?」
キサラ先生はようやく俺に顔を向けるとサンングラスを軽く下げ俺を睨みつける。
「まあ、とりあえず……身内の貞操が掛かってるんで」
「ふふふ、天ちゃん可愛いわよねえ、うひひひ」
「ええ、とても……」
「……はあ、大丈夫よ、教え子に手を出すなんてことしないから」
「わかってますよ……そんな事は」
もしそうなら天をキサラ先生の所なんか行かせない。
「そうか……円から聞いてるのか……」
「プライバシーの侵害はしたくなかったんですけど、天は大事な妹ですからね」
「ふーーん、そっか、なーーんだ、つまんないの」
キサラ先生は演技がバレたとばかりに、ヨダレを垂らさんばかりの半開きの口を閉じ、首を軽く2度横に振った。
「それで、ここに来た本当の理由は?」
キサラ先生は再び正面を見つめながら、少し間を開け俺に話し始めた。
「……円ってさあ、可哀想な娘なのよね……ずっと一人ぼっちで生きてきたの……そうあの娘はずっと名前も無かった。有名女優の一人娘、【白浜 縁の娘】……生まれてからずっとそれがあの娘の名前だった。そしてそれが嫌で、自ら外に出た。母親に黙って……オーディションを受けた。アイドルになって自分の名前を世に出そうってそう思って私たちの元にやって来た……考え方が男子よねえ」
「まあ、実際男っぽいですよね……」
負けず嫌いで、義理堅いところなんて特に……。
「でもさあ、あの円が貴方の話をする時は女の子になるのよ、それも幼い少女のように、男勝りで大人びてたあの娘がさあ、もう笑えるわ~~」
「それが……円を見る為ってのが教師になった理由?」
「まさか」
「じゃあ!」
からかわれているのか? 誤魔化されているのか……飄々と話すキサラさんに俺は少し強い口調でそう聞く。
「……そうね、まあ……人生を見るのは面白いからってところかな? 知ってると思うけど私……医者になろうと思ってた。医者ってさ、人の人生を、生きざまを見れるって思ってた。その人の人生を不幸を自分の手で変えられるって、でもさ……終わりも……終焉も見なきゃいけないのよねえ」
「まあ……それが仕事ですからって……わかっててなろうとしたんじゃ無いんですか?」
「そうねえ、学校に行くまでは現実感無かったのよね……段々と現実味を帯びてきて……解剖実習って知ってる? 実際に亡くなった人を目の前にして、初めて実感した。そんなの見たくないよねえ、出来る限り」
「……つまり逃げたってこと?」
「うーーん、そもそも医者はマキに言われたからなろうとしただけ……だから正確には自分の本当にやりたいことが見つかったって事かな?」
「それが教師?」
「そうね……本当に……マキには期待を持たせてしまって……悪い事をしたわ。でもね、どんなに好きでも……他人の為に自分の人生を変えるのは良くないって、そう思ったの」
「マキさんは……なんて?」
「他人……だったんだって」
「そうですか……」
「どんなに好きでも他人なのよ……例え紙切れ一枚で結婚したとしても、紙切れ一枚で直ぐに他人になる……私とマキにはその紙切れさえも無いけどね……」
そう言うとキサラさんはウォーミングアップしている部員に向け手を伸ばした。そしてコロコロと手のひらで遊ばせるように、キサラさんは左右に腕を揺らす。
「可愛いよね、みんな幸せにしてあげたい」
「妹も……天も可愛いですか?」
「そりゃあ、もちろん、あんなに可愛い娘は早々いない……なーーんで彼氏がいないのかしら……ねえ?」
キサラ先生は天に視線を移す。
俺も少し気になり天達を見ると、円が倉庫から色々と機材を外に出し二人に説明をしていた。
「そうです……ね」
「でしょ? そろそろ兄離れの時期だと思うけどねえ」
「兄離れ……ですか?」
「妹とは他人にはなれないからねえ、大好きなお兄ちゃんに彼女が出来たらブラコンの妹はショックでしょうね」
「……ブラコンって……」
「等とシスコンの兄が供述しており……」
「……まあ、もう今さら否定はしないです……」
「モテモテのお兄ちゃんですからねえ……天ちゃんは心配だよねえ、悪い女に引っ掛からないか?」
「モテては無いです」
「あははは、わかってるんだ」
「ええ……」
「それで、陸上部に……か」
「ええ……」
「貴方に向けられている物が同情心なのか、それとも恋心なのか……」
キサラさんはサングラスを外すと、うるうるとした瞳で俺を見つめる。
その目を見て俺は直ぐにわかった。
彼女は俺に同情している。いや、手本のようにそう見せているのだろう。
それ、これぐらいわかりやすければ、ここまで遠回りしなくても良いんだけど……ってその目を見て俺はそう思った。
そう思いつつ、俺はキサラさんから視線を移すと、【彼女】をじっと見つめた。
彼女の目は、俺を見る目は同情の瞳なのか? 恋をしている瞳なのか?
今は全くわからない。
だから俺は……それを見極める為に手術を受けそして、ここに戻って来た。
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