第112話 声優?


「か、翔くん! え? あれ? 明日じゃないの?!」

 僕が慌ててリビングに飛び込むと、円は驚きの表情で僕を見つめている。

 ああ、何日ぶりだろうか、円の顔を見ると心が落ち着く……気持ちが安らぐ、安心する。

 って、そんな感慨に浸っている場合じゃない。

 

「た、ただいま……えっと……何をしているんです?」


「え? あ、おかえり」

 目の前に広がる異様な光景、リビングは何やら物々しい事になっていた。

 簡単に言うとスタジオ? 円はテーブルの上に置かれたマイクの前に座っており、台本らしき紙を持っていた。

 そしてその円の正面に並ぶパソコンやらよくわからない機械、そしてその中心には一人の人物が鎮座している

 その人物を見て一瞬男かと身構えた。

 まさか、やっぱり、そう思いつつどうしていいか分からず僕は黙って彼を見つめていた。

 すると彼の方から僕に向けてカン高い声を発する。


「おお! 君が翔くんか……マドカのおも」


「ちょっ! マキちゃん!」


「お? おっと、えっとマドカの……責任を取る人か」


「責任を取る人って……」


「初めましてだな、僕はマキだ、以前マドカと一緒にアイドルをしていたんだ、宜しく」

 なんか妙な自己紹介をして彼、いや、彼女は僕に向かってウインクをする。


 彼女は一瞬男かと見間違える程に短い髪。

 髪の色は白髪、だけどお年寄りのそれとは違い、銀色に近く光り輝いている。

 そしてその肌は透ける様に白く整った顔立ちも相まってまるで彼女はお人形さんのようだった。

 

「そうですか、ところで何をしてるんです?」

 そんな異様な光景を目の当たりにして至極当然な質問をした。

 なんだろう……何かを録音している様な……。


「マドカの声をちょっと拝借している」

 さっきまでの無表情から一転、彼女はキラキラと目を輝かせ僕に向かってそう言った。

 正直意味がよくわからないと……僕は視線を円に移す。


「あーー、えっとね、マキちゃんはアイドル引退した後は映像関係のお仕事をしていて、その一環でね」


「いや、仕事とは関係無い、僕の趣味の同人ゲームの制作にマドカの声を使いたくてね、以前からずっと頼んでいたんだけど、はあ、はあ、一昨日遂に! いい返事を貰えたんだ」


「同人……」

 てか途中のはあ、はあ、はなんだ? まさか!


「ち! 違うから、変なのじゃないから!」


「大丈夫! マドカとわからない様に世に出す時は加工するから、生声を聞けるのは私だけ、ふふふふ」

 うん、やっぱり怪しい……。


「え、えっと翔くんはどうして? 明日だった筈じゃ?」

 もっと質問責めにしてやろうかと思ったその時、円からの反撃が来た。

 そうだった……突っ込まれてヤバいのは僕の方だった。


 

「え! あ、えっと、とりあえず僕のやるべき事は終わったから……あ! そ、それに円からメッセージが来なかったから少し心配になって早めに帰ってきた」


「え? あ、ごめーーん、昨日の夜からマキちゃんに付き合わされてて、送る暇がなかった」


「あ、うん、そうなんだ……あ、とりあえず円にお土産」

 僕は少し誤魔化す様に鞄から箱を取り出すと円に手渡す。


「え! うそ! あ、開けていい?」


「う、うん」

 僕の返事を聞く前に円は箱を開けて中身を確認する。


「な、なんだ指輪じゃないのか」


「ええええ!」


「あはははは、嘘嘘、ごめんありがとう嬉しい、これってチック?」


「う、うん」


「へーー綺麗~~」

 円は犬のガラス細工を取り出すと、天井の蛍光灯に向けキラキラと光らせた。

 ガラス細工の反射で円の瞳がキラキラと光る。

 良かった、喜んでくれて……数日しか離れていなかったのに、円の顔がとてつもなく懐かしく感じる。

 顔だけじゃない、仕草も声も匂いも……円の全てが懐かしく、そして心地よく感じる。

 僕と円は顔を見合わせた。

 なんだろう、なんか照れくさい。


「あ、あのさ、僕の存在を忘れてる?」


「あ、すみません」


「そうだ、翔くんもちょっと録らせてよ」


「え!?」


「ちょうどいいや、ヒロインの幼なじみ役に君を抜擢しよう」


「えええええ!?」

 マキさんは、僕の返事を聞く事なく台本にサッとラインを引くと強引に僕に手渡した。


 僕は困惑しながら円の方を向くと、円は僕を見る事なく台本を見つめていた。

 そして、一瞬目を閉じ、僕を見上げると、ポロポロと泣き出す。


「……私の事を愛してくれるのは、貴方だけって……私気が付いたの」

 突然の事に一瞬本気で泣いたのかと思ってしまうが、すぐにこれは演技だと気が付き僕はアンダーラインの引かれたセリフを言った。


「え、えっと……で、でも君はサッカー部の」


「違うの! あれは……あいつが無理やり……信じて!」

 目から涙を溢れさせ、そう言って僕を見つめる円、え? え? な、なんだこれ。

 引き込まれる。円の表情、セリフに引き込まれる。

 円って役者はやっていなかったよね、アイドルからタレントに……で、でも母親は日本屈指の名女優、円にはその血が流れている。


「カット~~マドカ、これは録音なんだからマイクに向かって言ってくれないと」


「あ! あははは、つい」

 さっきまでポロポロと流れていた涙がピタリと止まり、スッと笑顔に戻る円……。

 ちょ、怖!


「まあ、君に声優は無理そうだねえ」

 一言だけで、しかも突然に、わけもわからずセリフを言わされ挙げ句才能が無いと言われる……。


「うっさい」


「あははは、とりあえずまあ、だいたいこんなもんかな」


「え! じゃ、じゃあお願いは?」


「あはは、勿論約束は守るよ、明日僕から説得しておくよ」


「ありがとう!」


「……あの……えっと話が見えないんだけど……」


「ふふふふ、ちょっとねえ、これで準備は整ったわ」

 嬉しそうにそう言う円、なんの準備が整ったのかはなんとなくわかったけども……その内容に関しては一切分からず、そしてあえて聞かない方が幸せなんだろうと、僕はそう悟った。


 円の誘導には逆らえない、それは北海道の時から思い知っている。


 流れに身を任せる以外に方法は無いのだ。


 そして今後一体僕はどこのたどり着くのだろうか……。

 

 

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