第63話 夏樹暴走する
とりあえず妹と話して今まで通り? になったと円にメッセージで伝える。
『一緒に叩かれたかったなあ』
という、なんて返していいかわからない微妙な返信と残念そうなウサギのスタンプを送って来る……。
とりあえず、『勉強は明後日からでお願いします』と丁寧に返事をして、スマホを閉じた。
自分の部屋……ベッドに寝転び天井を見上げる。
見慣れた天井を見ると……何も変わっていない様に思える。
でも、今の僕はもう過去を見ない……もう振り返らない。
自分がいつまでも過去に捕らわれこだわっているから、周囲もそういう目で見ているのだと気が付いた。
だからこれからは前を見ようって、そう決心した。
そして、いつか……円と……円の横に並べる様な……そんな人に、男になりたいって、そう思った。
「まあ、とりあえず……勉強と、リハビリだな……」
もう走れない……それを知りたくなかったから、そこから逃げていたから……ずっとリハビリをして来なかった。
ずっと妹に甘えてきた……。
でも、リハビリをすれば、訓練をすれば、ある程度は治るって言われている。
治るというよりかは、付き合う事が出来ると言った方が良いだろう。
最終的には杖無しで歩く……少しずつ少しずつやっていけば……いつかは出来るって今はそう思っていた。
この身体と、この足と一生付き合う覚悟をした今、僕はやる気に満ち溢れていた。
頑張る……円の為にも、妹の為にも……応援してくれる人の為にも……。
◈◈◈
「今ここで、殺してあげるうううううう」
「ぐええええええええ」
頑張ろうと思っていたのに、僕は今絶命しかけていた。
旅の疲れ、最後の走りの疲れを癒すべく、自宅で昼過ぎ迄たっぷりと寝た僕は、約束通り隣に住む夏樹の部屋にやって来る。
一応呼び鈴は鳴らすが中からの返事を聞く前に扉を開く。
鍵は掛かっていないかったので、恐らく誰かしらは家にいると思われる。
まあ、誰もいなくても、鍵が掛かっていても、鍵の隠し場所は知っているので問題はない。
昨日は色々あったので、昼過ぎに行くって程度の曖昧な約束。
夏樹がいなかったら、夏樹の部屋でのんびり待てばいいや、なんて思いつつ、勝って知ったる幼なじみの家に僕は入って行った。
「こん~~」
玄関で靴を脱ぎつつ奥にいるであろう夏樹か若しくは夏樹のお母さんに声をかける。
しかし誰の返事もない……。
「あれ? リビングにはいない?」
まあいいいかと、深く考えずに、ゆっくりと階段を上り夏樹の部屋向かう。
見慣れた扉、僕はいつも通り扉を開け中に入る。
え? ノック? なにそれ? たとえ夏樹が着替え中でも問題無い。
全く興味無いって断言出来る。
しかしいないと思っていたが部屋に入ると、突然背後から誰かが、いやわかる扉の手前で潜んでいた夏樹が、僕に近付きそして、腕と思わしき物を僕の首に巻き付いた。
そして……僕の首がギュっと締まり、冒頭のセリフが僕の耳元から聞こえてくる……。
「かーーくん……死にたいなら言ってくれれば、私が殺してあげたのにいいいい!」
プロレスはよく知らないが、こんな技があったよな? スリーパーなんちゃら?
僕は夏樹に背後から首を絞められていた。
「ぎ、ぎぶぎぶ、く、くるしいいいぃぃ」
「死にたいんでしょ? だったらここでわたしがああああああ!」
「ぐえええ…………」
ああ、意識が薄れていく……あ、死んだおばあちゃんが僕を見て手招きしてる……おばあちゃん~~今行くからねえ、いや、逝くからねえええ…………って、違う、そうじゃない!
「うげええ、ご、ごめん……しにだくないがら、ごめんんん」
「本当に!?」
夏樹はさらに腕に力を入れ僕にそう聞いてくる。
もう声は出せない、意識が遠のく……僕は縦方向に首を小刻みに動かしそれを肯定した。
その瞬間夏樹の腕の力が緩む。
「はああああああああ」
身体が勝手に息を吸い込む。空気が肺に入り酸素が血液を回り脳に供給されて行くのを実感する。
「げほっ、げほっ、おええええぇぇ」
いきなり大量の空気を吸ったので今度はおもいっきりむせた。
しかし、夏樹はそんな僕の頭を「ペシン」と音を鳴らし力一杯叩いた。
「これはおじさんとおばさんの分」
そしてさらに僕のお尻を蹴りあげた。
「これはあまねっちの分!」
「いってええええ!」
前にも言ったが夏樹の足は瞬発力に優れている。1mを越える跳躍力、その足から繰り出される蹴りは凶器と言っても過言では無い。
僕はその蹴りで夏樹のベッド迄吹っ飛ばされた。
仰向けで倒れこむ僕の背中に夏樹が覆いかぶさって来る。
ヤバい……怒っている……今僕はようやく実感した。
今まで夏樹が怒ったのを見たのは2回……温和な夏樹、滅多に怒る事は無いのだが、その2回……怒った夏樹は鬼神と化していた。
「ごご、ごめんなさい!ま、マジで」
生きたい、僕は再びそう思った。鬼神と化した夏樹はあの赤色の目の時の〇蟲よりも、暴走したエ〇ァ初号機よりも恐ろしい。
「許さない、絶対に、許さないんだからあああ、うわあああああああん」
そう言って、夏樹は僕の背中に抱きついて……そして……号泣した。
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