第177話 円とマッサージ


 艶やかな黒髪、薬局に売っているヘアカラーのパッケージのように美しく水面に照らされる日の光のようにキラキラ輝いている。


 広くもなく狭くもない愛らしい額、少し濃い目の眉毛が髪の間から覗いている。

 プリクラで修正したような大きな目、黒目がちな瞳、長い眉毛、整った鼻はもう少し高かったら恐らく歴史が変わってしまったであろう程に愛らしい。

 

 口紅を塗る必要の無いピンク色の唇、下唇が少しぽてっとしていて、キスの時の柔らかい感触を思い浮かばせる。


 その顔はいわゆる絶世の美女では無いが、子供の可愛さと大人の綺麗さが合わさった奇跡の顔立ちだ。


 首は細く長く見えるが、それは恐らく顔が小さい為にそう見えるのだろう。

 肩から伸びる腕は細く長い、そしてピアニストのような細くしなやかな指。


 大きくはないがしっかりとした存在感を醸し出す胸。

 細く括れたウエストに小さくしまったヒップ、そこから伸びる細く引き締まった太もも、腕のように細い足首はまるでカモシカのようだ。


 一見華奢に見える細い身体、うっすらとした脂肪の下に確かな筋肉を感じ取れる。

 早朝愛犬の散歩が日課の円、毎日5キロのランニングは欠かさない。


 円の柔らかい感触、そして脳天に突き抜ける程にかぐわしい風呂上がり香り。

 蕩けそうになるのを必死に堪える。


「翔……くん、く、苦しい」

 俺の肩に顔を埋めている円が背中ポンポンと軽く叩きながらそう言った。

 俺は慌てて円を引き離すと円の顔は紅潮していた。


「ご、ごめん」

 

「う、ううん、大丈夫」

 俺が謝ると円は軽く首を左右に振った。

 

「な、なんでユニフォーム?」


「え? ああ、キサラ……先生が、翔君の前で着たら良いことあるかもよって」


「良いことって」


「えへへへ、滅茶あった」

 円のその満面の笑みに、俺はもう色々とどうでもよくなりかけた。

 でも駄目だ……それだけは絶対に駄目だと歯を食い縛り、そう自分に言い聞かせる。


「じゃ、じゃあ……そこに寝てくれる」

 俺は引き続きマッサージを続けるべく円にそう言うと、円は俺に言われた通りソファーの上に……仰向け寝転ぶ。

 その姿を見て俺は再度意識が飛びそうになった。

 多分円は、風呂上がりでそのままユニフォームを着ている。


 多分水着と同じ感覚なのだろう……しかしうちのユニフォームは確か、アンダーにはサポーターがついている。

 しかし……トップにはついていない。


 以前は付いていたのだがある、理由で部員の胸のサイズが激変した事により買い換える事になってしまい今年からカップの無い物に変更になったとの事……すまん……。


 だから専用のスポーツブラやカップを別に買って各々がサイズに合った物を着けている。


 そんな事を知るよしも無い円は何も着けずにそのまま着ていた。

 そして俺の目の前で仰向けに……つまり目線の先には……先が……。


 勘弁して下さい。


「えっと、うつ伏せでよろ」


「あ、はーーい」

 そんな俺の気持ちも露知らず、円は無邪気に身体を捻りうつ伏せになる。

 いや、うつ伏せはうつ伏せで……。


 円の形の良いヒップが俺の目の前に山脈の如く現れる。

 

 そしてそこから伸びる2本の真っ白い太もも、そこから見事な曲線を描く美脚。

 

 はい、すいません、俺は間違いなく脚フェチです。

 もうこれだけでご飯3杯は行ける。


 思わず頬擦りしたくなるのを堪え、俺は鞄から小さな小瓶を取り出す。

 そして円が巻いていたバスタオルを手に取ると、ソファーの横に腰を下ろす。


「それって?」

 円は横目で俺の持っている小瓶を見つめるとそう聞いてくる。


「アロマオイル」


「そんなの持ち歩いてるの?!」


「うん、まあいつこうやってマッサージの依頼をされてもいいように、っていてててててて」

 俺がそう言うと円は俺の腕を強くつねった。


「痛い痛い、な、なんでつねるの?」


「ふんだ!」

 なんだかよくわからない理由でつねられる。


 とりあえず気を取り直し俺はシャツの袖のボタンを外し腕捲りをする。


 そしてアロマオイルを手につけ、円の足首をそっと持つとふくらはぎに手を添えた。


「くっ」

「ひっ」

 俺と円が同時に声をあげる。 

 

「だ、大丈夫?」

 とりあえず自分の事はおいといて円にそう聞くと、円は組んだ腕の中に顔を埋めたまま小刻みに3度頷いた。


 円は多分冷たかったのだろう、声を上げた理由をそう推察する。

 ちなみに俺は円の肌があまりにもすべすべしていたので、思わず声を上げてしまった。


 俺はとりあえず、いつも通りのマッサージを円に施してみる。

 スポーツマッサージなので一般の人にはあまり効果を感じられないかもしれないが俺はこれしか知らない。


 それにしても、手のひらがまるで吸い付くようなきめ細かい円の肌に驚きを隠せないでいた。

 


 そして案の定円の様子がおかしくなる。


 くすぐったいのか円の全身がプルプルと震え始める。


 スポーツマッサージは決して強く押してはいけない。

 強く押すと毛細血管が切れてしまうのだ。

 しかしそんなやり方だと、擽っているように感じる人もいる。


 言い方を変えるとまるで……あい……。



「か、翔君!」

 ろくでもない単語が頭に浮かんだその時、円が強引に起き上がると、油だらけの俺の手を握った。


「え? な、なに?」


「だ、ダメ!」


「な、何が?!」


「今日から……今日から、他の人には、私以外の人に……マッサージしちゃダメ!」


「ええええ!?」


「絶対にしちゃダメ!、ダメだからああああああ!」

 円は目に涙を浮かべ駄々っ子のようにそう言った。


 うーーん、ひょっとして俺のマッサージのやり方って……駄目なのか?

 円の言葉に俺は戸惑ってしまう。


「えっと……じゃあ円になら良いって事?」

 とりあえず円で練習をして改めて勉強しろって事だと俺はそう理解し円に聞くと……円はこれでもないってくらい顔を赤らめ、モジモジしながら言った。


「………………うん」


 そんなに嫌なのだろうか? その円の態度に俺は思った。

 やっぱり俺はトレーナーにはなれないんだなって……。


 やっぱり……俺は選手として頑張ろうって、改めてそう思った。



 

 

 




 

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