第242話 告白よりも


 憧れていた。


 あの汗に、あの動きに、あの人達のオーラに。


 そんな物存在しないって、自分に言い聞かせていた。

 でも、実際に見た宮園先輩の走り高跳びは光輝いていた。


 自分は輝けない、そんな才能は皆無。


 中学の時に……そう、思わされた。


 何をやっても普通の自分が宮園先輩と……なんておこがましい。

 そう思って落ち込んだり……もした。


 そんな自分が7種競技だなんて……でも、もしかしたら。


 そう思った。そう思ってしまった。


 クイーンなんて称号のつく種目、はっきりいって無理だってそう思ったけど……でもでも。


 あれからずっと考えていた。 


 無理だ、諦めろって何度も自分に言い聞かせていた。


 それでも、ううん、一番になんてならなくてもいい、クイーンと呼ばれる競技で普通ならそれは誇れるんじゃないか? 


 だから言ってみよう……ダメ元で、宮園先輩に無理だと言われれば……諦めもつく。


 そう決心した私は、夜になりいつもの公園……宮園先輩が練習している夜の公園に赴いた。



 実は、初日に見てから毎日こっそり通っている。


 宮園先輩のトレーニングは凄く面白く勉強になった。


 鉄棒にぶら下がったり、逆立ちしたり、片足で飛んだり跳ねたりと自分の体重を使い様々な方法を取り入れ、時間も場所も関係無い。トレーニングなんていつでもどこでも出来るって、そう私に言っているかのようだった。


 今日はどんなトレーニング方法なんだろうなってそう思ったが、いつも通りだと先輩は疲れきって倒れ込んでしまう。


 そこから私の話を聞くのは……いくら宮園先輩でも大変かも知れない。


 練習の邪魔をするのは心苦しいが、私の一世一代の決心、告白以上の告白をするのだからそこは許して欲しい。


 そう決めた私は準備運動をしている先輩にゆっくりと近付く。


 今日は公園の真ん中付近にある街灯の下で軽いストレッチをしていた。


 古ぼけた街灯にはチラチラと虫が舞っている。


 初日満月だった月は少し欠けていたが、それでも街灯に負けないくらい先輩を照らしている。


 先輩は私の方に背中を向けゆっくりと身体を動かしていた。

 今のうちに、先輩の顔を見たら決意が薄れるかも、私は出来るだけ足音を立てずにそっと近付く。


 私がすぐ側に近付くと先輩はゆっくりとこちらを向いた。


「今日は隠れて見ないんだね」

 私を見るなり先輩は驚くことなくそう言うとニヤリと笑う。


「え?!」

 驚くかもと少し心配だった私が先輩のその言葉に驚いてしまう。


「集中してるとね、聞こえてくるんだよ」


「な、何が?」


「音がね……隣にいる選手達の心臓の音が」


「し……」

 唐突の何を言い出すのかと戸惑った。

 そしてその言葉に絶句した、そんな筈無い……でも、先輩は真面目な顔で続ける。


「心臓の音、そして緊張感、スタートする時自分は超能力者にでもなった気分になれる……まあ、練習だとそこまでじゃないけどね」


「は、はい……」

 わけのわからな……でもそう言う物なのかもと、私はそう言い聞かせる。


「それで、今日はどうして?」

 そうだった、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 

「あの……じ、実は」

 そう言われた私はまた怖じ気づく……こんな人達に近付こうなんて、ましてや7種競技なんてやっぱり無理なんじゃないかって。


「何かやりたくなったんじゃない?」

 先輩は本当に私の心の中でも読んでいるかのように、動きを止め私をじっと見つめそう言う。


「え?」


「目がさ、昨日から目が違ってたから」


「──目がって……」


「この合宿に来ている人達はさ興味無い人達が見るとただ強い人才能ある人ってしか思わない……君も初日はそんな目をしてた。

 でも、自分もって思うとさ、凄くお手本になる人達だからね~~」

 先輩は自分も含めてねとばかりに、そう言うと再び身体を動かし始める。

 

 本当にこの人は、陸上の時は人が変わる。


 私とカラオケに行った時なんて、まるで借りてきた猫のような、そして人の気持ちなんて全くわかっていないような、そんな人だったのに……。


 積み上げて来た物が違うのか? 通ってきた険しい道のせいなのか? その自信満々な態度に思わず感服してしまう。

 もうここまでわかっているなら、隠しても無駄だ……。

 そう思った私は一度深呼吸すると先輩に向かってはっきりと言った。

 

「あ、あの! わ! 私……わたし! な、7種競技をやりたいんです!」

 言った……ついに言ってしまった。

 当然やるだけじゃない、やるからには真剣に、そして……試合で勝ちたい。

 そう宮園先輩に、翔先輩に自分の思いを告げる。



「……ふふ、あははははははは」

 暗闇から私が現れても驚きもしなかった先輩の表情が驚きの表情に変わり、そして直ぐに高笑いをする。


「そ、そこまで……笑わなくても……」

 思わず涙が出そうになる……わかってはいたけど、全否定だなんて……。

 


「あはははは、いや、違う違う……君は……只野さんって、どえむ、なんだな」


「…………は?」


「どM、究極のエムなんだなって、ふふふ」

 突然何を言い出すの? 思わずセクハラと叫びそうになるのを堪える。


「それって、どういう」

 それ以上に先輩の真意を聞きたかった。


「だって、だってさ、この合宿の練習を真剣に見たんでしょ? それで7種をやりたいって、ふふふふ」


 そう言われ私は気が付く……。

 自分の言葉に、思いに、決意に……。


「……はい!」

 そしてそう言われても、先輩が何に笑っているかも気付くが、自分の決意は変わらなかった。

 先輩は私にこう言ってるのだ。

 今やっている皆の練習の7倍苦しめって……。


「経験者ならわかると思うけど、陸上なんて苦しんで苦しんで苦しんで、楽な事なんて1mmも無い、高い目標を持てばとことんまで追い詰める。 今ここに来ている人は皆そう、それを見て自分も、いやそれ以上の事はをしたいなんて、しかも普通科の君が、あはははは、それってさ、俺以上の変態になりたい……って、そう言ってるって事だよ? そんなのを聞いたら、もう嬉しく嬉しくてさ、笑いが止まらないよね」


「……あ、あははは…………ははっ! あはははははは!」

 私も先輩に吊られてつい笑ってしまう。

 二人で笑ってしまう。


「あ、あの…………先輩……私に、出来ますか?」

 そう、まだ聞いていない、確信の言葉を許しの言葉を。


「そうだなあ、まあ……好きになれば、出来ると思うよ、何よりも誰よりも好きになれば」

 先輩はそう言うと今度は少し寂しそうに笑う。


「それって……」

 

「まあ……そういう事なんだろうね」

 それだけ言うと先輩は再びストレッチを開始する。

 その背中が少しだけ悲しそうに見えた。


 あーーあ、そっか……。

 私はその言葉に少しだけ残念な気持ちになる。

 円さんと翔先輩の関係を羨ましく思ってしまう。


 でも、これで……吹っ切れた……って、そう……思うことにした。

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