第54話可愛すぎてどうにもならない。

 殺したくなる程可愛いって思う事ある? 

 私は今そう思ってる。


 この人を誰にも渡したくない。好きで好きでどうしようも無い。


 好きな人の為なら死ねる? そんなの当たり前。

 私は好きすぎて、殺したくなる。

 自分の手で……。


 彼がもし本気で願ったら、私はそれを叶える。


 いなくなるくらいなら、いっそ自分で……自分の手で……。


 私は狂ってる……彼が目の前で事故に遭ってから、それを見てからおかしくなったのだろうか? それとも生まれつきの性格か?

 まあ、あの役者に命をかけてる、人生をかけてるママの血を引いてるのだから、多分後者なのだろう。


 

 彼に薬を見せ付けた、いかにも怪しい雰囲気で、でもね、薬の中身はただのお菓子、飲んでも食べても全く害は無い。


 でもこれは私の覚悟、そして彼の覚悟……。

 もしこれを彼が飲んだら……その時は……それが彼の願いだって事。

 だから私はそんな彼の願いを叶える……。


 勿論私の中では飲んで欲しくないって思いの方が強い。

 でも、今の彼は私がいくら止めても無駄だろう……一切聞く耳を持たない。


 だから判断して貰う、自分で……。


 確率は半々、でも時間が立てばどんどん悪くなる。

 

 このまま休み続ければ学校にも戻れなくなる。


 だから彼を追い込んだ、とことんまで甘い言葉を囁いて。

 

 もし仮に、その甘い言葉に乗ってくれれば、そんな奇跡が起きるのなら、私にとって一番良い、彼と自堕落な生活……ずっと遊んで暮らすなんて、私にとって夢の中の世界なのだから。


 でも、彼は決してそれを選ばない……私はそれを知っている。

 あれだけ一途に物事に打ち込んだ人だもん、あれだけ一つの事を愛した人だもん、そんな人が、好きでも無い私と……そんな生活をしようなんて思うわけがない。


 こんな自分勝手なメンヘラ女の事を彼が好きになるわけが無い。


 だから……彼に選ばせた。

 生か死か

 dead or Alive

 ハムレットの台詞だと

 To be, or not to be, that is the question.

 生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ。


 案の定、彼の様子がおかしくなった。

 どこか上の空で、でも何かすっきりした様子……。

 今夜彼は実行する……私はそう確信した。


 そして、その考えは見事的中、彼は夜中部屋を抜け出した。

 絶対に見失うわけにはいかない……私は予め用意しておいた白のワンピースを着て彼を追いかけ、部屋の扉を開けようとしたが、なんとなくまだ彼はそこにいる気がした。


 私は扉に耳を付け外の様子を伺うと……彼はポツリと言った。


「ありがとう」って……。


 私の胸が熱くなる、鼓動が高鳴る。


 彼を私の手で……そして二人で……そんな感情が溢れ出す。


 彼の乗ったエレベーターを一本遅らせ彼を追った。

 大丈夫、この時間なら交通手段は無い。


 私は彼にバレない様に、後を付ける。


 よろよろと杖をつく。


 暗闇の中、月明かりだけを頼り自らの終わりに向かうその姿まるで、年老いた野性動物が自分の死に場所を探す姿の様だった。


 私はその姿にときめいた、こんな時に……私はなんて残酷なんだろう、そう思った。

 でも映画のシーンの様に、彼の姿はどこか現実離れをしていた。


 暫く歩くと彼は草むらの奥に入って行く。

 そして林の入口付近に腰を下ろした。


 木々の間から月明かりが、丁度スポットライトの様に彼を照らしていた。


 彼は天を見上げる。そのまま暫くじっとしてそして、遂に決心したのか、ペットボトルを手にする。



 私は黙って見守る……もし彼があれを飲めば……私が彼の願いを叶えてあげる。


 そして彼は……薬を飲まなかった。


 でもまだ彼は死ぬ事を諦めていない。

 死の恐怖と戦っている。


 だからその思いを断ち切らなければ……私は彼に近付き全てを明かした。


 そして、彼に問う


「貴方の望みは何?」

 そう彼に聞いた。


 そして彼は言った……死にたく無いって……そう言ってくれた。

 凄く嬉しかった、そしてほんの少しだけ……残念だった。


 彼は私の胸で泣いた、延々と泣き続けた……怖かったのだろう、辛かったのだろう……全て私のせい、彼をこんなにも追い詰めたのは全て私のせい。

 壊れた物は元には戻らない、でも壊さなければいけない事もある。


 彼は今の状態を壊そうとしている。過去の自分を壊して新しくスタートしようとしている。

 私はその手助けをしただけ……。


 それが彼の望みだから……。


 彼は泣き続けた、壊れた痛み、彼の心は一度壊れた。

 でも痛いって事は治ろうとしているって事、神経が繋がっているって事。


 だから今は一杯泣いて吐き出そう……全部吐き出そう……私はそう願いながら彼を抱きしめた。


 そして泣き止んだら、今度は休もう、たっぷりと寝よう。

 寝れば心は回復しようとする。

 

 可愛い可愛い私の翔くん……愛しくて狂おしくて……。


 私は全てを脱ぎ捨て彼を抱きしめた。

 この瞬間だけ……この一時だけ、彼は私の、私だけの物でいてくれる。


 翔くんは、私の胸の中で赤ちゃんの様にスヤスヤと眠る。

 今だけ、今この瞬間だけ、許して欲しい……自分の幸せを、自分だけの幸福を感じさせて欲しい。



 そして、目が覚めたら……始めよう……。


 彼の心を彼の生活を……新しい人生の再構築を。

 私は私の全てをかけて彼を助ける。


 そう決めたのだから、好きな人の為に手に全てを捧げるって、そう決めたのだから。


 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る