第262話 最大の問題
俺は幼なじみ兼家庭教師の夏樹に今日の事を伝えた。
「来年世界選手権に出場するから……絶対に」
不退転の決意で夏樹にそう告げると、彼女は真剣な顔で俺を見つめそして……「はああああああぁぁ」と大きなため息をついた。
「いや、かなり無理なのはわかる、でも、挑戦したいんだ」
俺は必死にそう伝えると、夏樹は更に真剣な顔で言った。
「高校生で世界選手権……出来るの?」
「やらざるを得ないだろ」
円に会うには現状それしか手はない。
「じゃあとりあえず転校でもする?」
「……え?」
確かに強豪校に行けばもっと速く強くなる可能性はある。
しかし、俺の相手は高校生ではなく世界なのだ。
つまり練習相手はいない、そうならなければいけない。
だからどこの学校でも同じなのだ。
設備や器材に関して現状物足りない、しかしそれはセシリーがスポンサーに言って用意してくれる事になっている。
「もう一度聞くけど、かー君は高校生ランナーとして選手権決勝に出るんだよね?」
「ああ、無理なのは百も承知だ」
「かなり厳しいってわかってる?」
「勿論だ」
「この問題も解けずに?」
「え?」
夏樹はそう言うとテーブルに置かれた問題集をパンと叩いた。
「だーーかーーらーー、うちの学校は3年生になったら受験モードになるんだよ? 今までよりも更に難しくなるんだよ、本気でやらないと卒業させて貰えないんだよ?」
「……え?」
「それどころかこの先進級も出来ないし、平均点以下が続けばガチで退学勧告されるんだからね」
「えっと、夏樹の懸念点って……そこ?」
「あったり前でしょ?! 陸上の事は心配してないよ、やると言ったら必ずやるのがかー君なんだから、問題はこのままだと高校生でいられなくなるって事、今以上に練習をすれば必然勉強の時間が減るって事でしょ?!」
「それは……俺は転校しなければならないレベルって事?」
そう言うと夏樹はニッコリ笑ってウンウンと頷いた。
「まじか」
「夏休み明けからクラスの、ううん学校全体の雰囲気がガラッと変わってるのがわからない?」
「──言われてみれば……」
「恐らく次の試験からかなり難しい問題が出てくると思う、勉強していない人との差が明確になる位にね。今日見せようと思って持ってきた、これ先輩から貰った去年の試験問題だけど、かー君解ける?」
夏樹はそう言うと数学の試験問題を俺に見せつけた。
「……」
正直全くわからない……。
「まあ無理だよね、これは東大受験に出てくる様な問題だから、一夜漬けとかじゃあ絶対に解けない基礎をしっかり理解した上で応用しないと解けないんだよねえ、数学だけじゃない、これからは全教科こんな問題だらけになるの」
「…………マジで?」
「マジで、うちの補習って成績上位者の為にあるって知ってる? 落ちこぼれは置いていくだけだから、うちの学校舐めてると痛い目に遭うよ?」
そうだった……最近ようやく追い付いたと思って安心していたんだが。
全国トップクラスの進学校を俺は少し舐めていた。
追い付いたって事はつまり俺は現状最下位にいるということ。
今までもそうだったが、この学校の普通科に居続ける事の大変さを俺はようやく理解し始めた。
「大学にも入れない奴は全体のレベルを下げる、腐ったミカンは早目に排除するって考えだからねえ」
「それは……かなりヤバいな」
「わかった? かなりヤバいよ?」
これから先練習量は間違いなく増加する、せざるを得ない。
その上で勉強も今以上にやらなければならない。
「ど、どうすれば良い?」
「うーーん転校が嫌なら、とりあえず円さんの事は諦めるとか?」
「いやいや、駄目だろ?」
「──まあ、駄目だよねえ」
「冗談言ってる場合じゃない、夏樹!」
俺は夏樹の手を握り真剣な顔で見つめながら言った。
「ん?」
「なんとかしてくれ!」
「はあ……本当怪我した時もそうだけど、かー君って身内にはとことん甘えるよねえ」
ブンブンと首を振る夏樹に俺は迷子になった子犬の様な視線を送る。
「とりあえず、練習量はどれくらい増えるの?」
「セシリーに頼んで1080を準備して貰っている、体幹トレーニングのトレーナーも頼んでいる」
「1080ってあの大谷選手も使ってた奴だよね? 今の練習にそれを加えるって事?」
「いや、通常の練習も倍にする」
「はあ、寝る時間は?」
「超回復の為にそれは減らせない」
「えっと、最近1日って34時間位になったっけ? 環境問題はそこまで深刻化していたか」
「変わらず24時間だよ、環境で自転スピードが変わるか!」
「1億8千万年後に1日25時間になるからとりあえずそれまで待とうか?」
「骨も残ってねえよ! 本当マジで頼む」
今頼れるのは夏樹だけと俺は神様を崇めるか如く手を合わせそう懇願した。
「まあ、出来るかどうかはかー君次第だね、協力はするけど」
「そ、そうか……ありがとう、本当に夏樹には頼ってばかりだよな、なんかお礼しないと」
「お礼ねえ」
「俺に出来る事は何でもするぞ、なんかあるか?」
「なんでもねえ……本当に?」
「ああ」
夏樹は少し考えると、とんでもない事をちょっとコンビニで買い物してきてとばかりに緩い感じで言った。
「そっか、じゃあ……キスでもしてもらおっかな?」
「え?」
夏樹は子供の頃の無邪気な顔で俺をじっと見つめていた。
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