第13話 責任の取り方


 とりあえず彼女に中腰で頭を抱かれたまま、一頻ひとしきり泣いた僕は一度心を落ちつかせ、冷静になる。

 

 えっと……30秒程前に既に泣き止み冷静になっているのだけど、彼女の胸のあまりの柔らかさと、蕩けそうになる匂いをもうちょっとだけ堪能したかったのは内緒の話しで……。


 泣き止んだ僕を彼女はそっと離す。その刹那僕に襲いかかる喪失感、でも彼女の顔をテレビのアップよりも遥かに近く、生で、間近で見られ、僕の心は踊った。


 ずっと……僕はずっとこの顔を、白浜 円を見続けていたから……。

 僕は彼女を、画面の中の彼女をずっと見続けていた。


 いつも見ていた大きな瞳、いつも見ていた整った鼻、いつも見ていた少し大きめの唇……。

 妹に怒られても、怒鳴られても、喧嘩しても……どうしても見たかった、もう一度見たい物があった……から……。


「大丈夫?」

 彼女の目は真っ赤になっていた。

 でも、笑顔を絶やさず僕を一直線に見つめる。

 

「うん、僕こそ、ごめん……」

 泣いたりしたら彼女が責任を感じてしまうのに、だから僕は思わず言った。


「で、でも……君は何も悪くないから……だから謝ってなんて欲しくない、責任なんて感じ無くて良いから!」

 本当に僕はそう思っている。心の底から……本当に。


「ううん……違うよ、だって貴方は私を助けてくれたから」


「え? いや、僕が助けたのは……あの子犬で……」


「ううん……チックを助けてくれたのは本当に感謝してる。でも……でもそれだけじゃない、貴方が追いかけなかったら私がチックを追いかけてた……そうしたら……私が事故に遭ったかも知れない……だから私も貴方に助けられたの……貴方は私の命の恩人」


「そ、そんな事ない……よ」

 そうだよ、あそこで僕が追いかけなくても、いや、そもそもスピードだって、タイミングだって違うし。


「ううん、あるよ」

 彼女は大きく首を振った。


「ないよ」


「あるの!」


「無いったら無い!」


「あるったらあるの!」


「あれは僕が悪い、僕が調子に乗ってたから」


「いーーえ、そもそもあれは、私が話しかけたから、だから私が悪いんですう!」


「違うもん、僕が悪いんですう!」


「わからずや!」


「そっちこそ!」


「なんて言われようとも私は責任を取るの!」


「か、か、勝手にしろ!」


「言われなくても勝手にしますうううう!」


「…………」


「…………」

 僕と彼女の間に変な空気が流れる。

 彼女は少し怒った表情で僕を見つめている。

 そう、彼女は今……僕を……僕だけを見つめてくれている。

 画面の向こうから何万人の人を見つめていたこの視線は、今僕だけに向けられている。

 僕の中でムクムクと優越感が沸き上がる……。


「──ご、ごめんなさい……謝っているのに」

 彼女は僕から目背を反らし、すまなそうな表情でそう言った。


「ううん、僕こそ……」

 彼女に目を反らされ、僕はハッと我に帰る。

 そして、僕は気を取り直し、彼女に言った。


「──えっとさ、でも、とりあえず責任取るって、そのどういう事なのかなって」

 そう……そもそも責任ってなんだ? よく言うよね? 失敗したら責任を取るとか、でもさ、会社とか責任を取って辞めますって、それ責任取って無いじゃんって思ったりもする。

 そして今この状況で、彼女が僕に対して責任を取るって、一体どういう事なのか? 僕はそう思い単刀直入に聞いてみた。


「ん? そのままの意味だけど?」


「いや、そのままってのが全くわからないんだけど?」

 そのまま? 何がそのままなんだろう?

 でも、そんな僕の疑問をよそに、なに聞いてんの? って表情で彼女は僕を見ている。

 

「あははは、こういう時、責任取るって言ったら一つしか無いよね?」


「は? こういう時って……だからそれは一体」

 もう一体何が言いたいのかさっぱりわからない、僕は少しイライラしながら更に尋ねると、彼女は姿勢正しく胸を張って言った。


「責任を取って……宮園君を…………翔君を、私が一生面倒見ます!」

 彼女はドンと胸を叩き、どや顔で僕にそう言い放った。


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