第98話 憎まれ役

 

 校舎から競技場に行く途中、園芸部の花壇の近く通路からは離れ、しかも夏休みとあり周囲には誰もいない。そんな人気の無い木陰で僕はつかさに向かって言った。

「じゃあ約束を守って貰うから」


「そんな……」


「そもそも僕からこうやって出向くのがおかしいよね? 逃げてるって事なの?」


「そんな事してない……練習が忙しくて」

 今、僕の合宿参加を巡って紛糾している陸上部。

 そこで会長は男子と女子をわけて合宿を行うという奇策に打って出た。

 しかし既に旅館の予約等を行っており大幅に人数を減らす事は出来ない。


 そこで今度は中等部との合同合宿を行う事で解決を図る。


 しかし、そこで待ったをかけたのが中等部部長の元つかさだった。

 つかさは、僕に傾倒していた会長の妹、灯ちゃんの為にそして陸上部の為に僕に賭けを挑んで来た。


『……もし、じゃあ、もし灯が全国に行けなかったら……二度と灯と、陸上部に近付かないって誓って貰えますか?!』


 まあ、この賭け自体どっちに転んでも僕に害はなかった。

 この時僕は陸上部と絡むつもりは無かったから。


 でも状況は変わった。僕が今すぐに出来る事……それは陸上だ。

 経験は少なくても僕には知識がある。

 まずはそれを生かす事に決めた。円との距離を近付ける為に僕はそう決めたのだ。


 だから利用出来る物は全て利用する。会長の立場、円の財力、そしてどうでも良かったつかさとの約束も。


 僕は合宿に参加をするべく会長に頼み、陸上部のグラウンド近くのこの場所につかさを呼び出して貰っていた。


 ドキドキする気持ちを隠し毅然とした振る舞いを心がけながら、目の前で怯えるつかさに言った。


「約束は守って貰う」


「……はい」


「じゃあ、僕の合宿参加を認め、合宿中は僕の言う事を全て聞く事」


「そんな……二つもなんて狡いです!」


「は? なんでもするって言ったよね? 一つなんて言って無いよね?」

 僕の学校での噂は色々知っている。その中でも陸上部全体に広がっている一番酷い噂があった。

 それは、あの事故に遭った中学の時の全国大会の日。

 僕は真夜中に宿舎を抜け出し地元の女子と一晩中遊んでいた。

 そしてその帰りに事故に遭ったという事になっているらしい……マジかよ。


 そんな尾ひれがつきまくった噂がいまだに信じられているとか……そしてその噂を信じている、つかさは、僕を陸上部や灯ちゃんから距離を置こうとしていた。


 会長は僕にそう報告してくれていた。

 

 だから僕は逆にそれを利用する事にした。


「そんな……でも、それは」


「ふーーん、つかさはさ、なんでもって言ったんだよ? じゃあいいよ、代わりに、君でいいや」


「え?」


「合宿に行かないって事は暇になるじゃん? だから暇潰しに君の身体でいいや」

 

「そ、そんな……最低な」


「最低なのはどっち? あれは嫌、これはダメってさ、約束も守れない最低な人間はどっちなのかな?」

 演技力……そんな物が僕にあるかはわからない、でも精一杯嫌われてみようと僕は凄惨に笑いながら彼女の顎に手を添え、顔を近付け彼女を品定めするかの様に見つめる。


「さ、触らないで……不潔よ」


「はあ? 何言ってんの? 前金だよ前金、こんな事でビビってる様じゃ僕の相手は務まらないよ」


 勿論僕は……童貞だ。女子と付き合った事なんて一度も無い。

 それを隠し、いかにも遊んでいるかの様に振る舞った。

 あああ、でも限界だ。恥ずかしくて顔から火が出そう……。


「……わ、わかったわ、わかったから……」


「はん、わかりましたでしょ?」


「……わ、わかり……ました」


「何が?」


「言う事聞きます、……合宿まで……それでいいんですよね?」


「そうだね、じゃあ今日から合宿まで僕に協力し、僕の言う通りに行動する事」


「──はい」


「オッケーじゃあ契約成立!」

僕はそう言うと手を差し伸べ握手を求める。

 その手を見てつかさは悔しそうに唇を噛み締めた。


「握手も出来ないの? じゃあやっぱり」


「します!」

 そう言うとつかさは僕の手を両手で強く握り締め目に涙をうっすら浮かべ「宜しくお願いします」と悔しそうにそう言った。


 そしてくるりと背を向けると、足早にその場を後にする。


「はああああああぁぁ」

 彼女が立ち去ると、僕はその場にへたり込みそうになった。

 力が抜ける、緊張がほどける。


「あははははは、酷い人」

 恐らく近くで聞いていたのだろう、つかさが立ち去ると同時に会長が現れた。

 ニヤニヤと僕を見ている会長に、僕は苦笑いで返した。


「とりあえず合宿はアウェーですからね、でも会長とつかさ、そして灯ちゃんのトップ3人を協力者にすればなんとかなります」


「ふふふ、あなたって思ってたより策士なのね」

 

「まあ、天才達に勝つ為には、なんでもしましたから」

 ライバルの練習方法、練習量、性格、あらゆるデータを集めて研究もした。

 相手が僕にプレッシャーを掛けてくれば返り討ちにしてやった。

 こと陸上になると僕は饒舌になる。


「先生と、うちの長距離リーダーは私が説得しておいたわ」


「ありがとうございます」


「後は何が必要?」


「そうですね……データをください、部員に関するプロフィールを細かい事まで全部、後合宿までの見学の許可を」


「いいわ、用意する」


「ありがとうございます」

 そしてそれから数日、円や会長に協力して貰い全ての準備を整え僕は、夏合宿から陸上部にコーチとして復帰する事になった。


 

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