第254話 対決

 

 円のマンションに置いてあった荷物を持って夏樹と二人で帰路に着く。


「どうするの」

 ずっと黙っている俺に夏樹はそう聞いてくる。

 そう言われても、考えが纏まっていない。

 円の母親が嘘をついている可能性も否定出来ない。


「どうするって言われても、とりあえず俺に出来る事は無いよな」


「そうね……」

 俺に気を使ってくれているのか、夏樹はそう言うと黙ったまま一緒に歩いてくれる。

 長い付き合いだから、俺の考えを、心を察してくれている。


 本当に……良い奴だなと、俺はそう思いながら家の前で別れた。



 そして結局あまり寝付けずに朝を迎える。


 とりあえずどんな状態だろうと、どんな状況だろうと練習は続けなければいけない。

 それが陸上をやっている者の宿命。

 1日練習をしなければ取り戻すのに3日掛かる。

 科学的根拠はあまり無いが、そう自分に言い聞かせ重たい足を引きずる様に俺はそのまま学校に向かった。


 いや、以前に比べたら重いなんて感じるだけましだ。


 まだ1年足らずの事なのに、杖を使い円と登校していた事を懐かしく感じてしまう。


 俺達は本当に終わってしまったのだろうか?


 吐く息がうっすらと白い。

 いつの間にか過ぎていたクリスマス、もう学校は冬休みに入っている。

 雪でも降らないかな? そうすれば練習をしない言い訳になる。

 俺は少しだけそう思い、何度か首を振った。



「おい! いつになったら来るんだ!」


「大声出さないで」


「俺はあいつが走れるって聞いて無かったんだ!」


「最近復帰したんだから仕方ないでしょ?」

 学校に到着しグラウンドに向かうと、遠くから誰かが言い争いをしている様な声が聞こえてくる。

 一人は恐らく会長だがもう一人の声に聞き覚えは無い。


 俺がいぶかしげにグラウンドに入ろうとすると、灯ちゃんが「先輩」と後ろから突然声をかけてくる。


「うお!?」


「──何でそんなに驚くんです?」


「いや、急だったから」

 久しぶりの灯ちゃん、最近あまり話しかけて来なかったので、俺にはもう飽きたのかなと思っていたので驚いてしまう。

 灯ちゃんはそんな事無かったかの様に膨れっ面で俺を見上げていた。


「ふーーん、あ、それより大変なんです」


「大変って、会長と誰かが言い争ってるあれの事?」

 俺は今だに何かしら言い合ってる二人をチラチラ見ながらそう聞いた。


「はい何でも某学校のサッカー部の人らしいんですけど、先輩と走らせろって言ってるみたいなんです」


「走らせろ?」


「はい」


「何でまた?」


「小学生の時のライバルだって」


「ライバル?」

 ライバル……そう言われても正直記憶が無い。

 自慢じゃ無いけど、小学生の時自分よりも前を走っていた奴は一人も居なかったから。


 なんなら足音さえも聞こえない位に全てを引き離していた……。


「先輩が怪我で引退したって聞いたから自分はサッカーに転向したって、でも今年復活したって聞いて、戦わせろって言って聞かないんです」


「なんだそれ? それなら陸上に復帰して来年大会に出てくればいいんじゃないか?」

 別に俺はこれからも大会には出続けるんだし。


「それが、来年から海外にサッカー留学するらしくって、だからどうしても先輩を倒して心置きなく行きたいからって」

 灯ちゃんの言葉に俺はカチンと来てしまった。

 舐められたもんだなと……。


「良いよ、心置きなく行って貰おうか」


「え? いや、先輩、私はお姉ちゃんに来るのを止めろって言われてるんですけど?!」

 その灯ちゃんの言葉を無視して俺は二人の元に歩み寄る。


「翔君?! あ、灯、止めろって」


「だ、だって先輩が」

 後ろから俺を追うように灯ちゃんがそう叫ぶ。


「来たな宮園翔! 俺と尋常に勝負しろ!」

 ベタベタな敵役のセリフを吐きながらそいつは俺に向かって指を指す。


「……えっと──お前誰?」


「な! お、俺の事知らないとは言わせないぞ!」


「いや、知らない」

 マジで知らない。


「な、なんだと……」

 そいつは両膝両手を地面に付けその場でへたり込んだ。

 なんか色々ベタなんだよなこいつ……。


「それで会長、こいつは一体誰なんですか?」

 完全に凹んでいるこいつに聞かず敢えて会長にそう聞くと、会長は少し呆れた顔で俺を見つめる。


「貴方って本当に陸上しか興味無いのね、まあ私も大概だけど」

 いや、そんな事は無いけど、まあテレビやネットを見る暇は無いね。

 当然自分の事を調べるなんて事もしていない。


「──で?」

 前置きはいいからこいつは一体誰なんだと俺は会長を急かす。

 会長はため息をつくと、へたり込むそいつを見ながら言った。


「私もそこまで詳しくは無いけど、名前は『金原 拓人』「タクト」って愛称で呼ばれているサッカー選手、高校生でU-23入りしたらしいわね」


「へえ……」

 サッカーとか興味無いからなあ、野球だってよく知らない。

 まあ、一応有名人って事なのねと俺は理解した。

 メジャー競技は良いねえ、陸上はマイナー過ぎるからなあ。


「おおお、俺はお前がライバルなんだ尋常に勝負しろおお!」

 そいつは立ち上がると俺の制服の襟を掴み、顔を近づけそう怒鳴る。


「近い近い」

 そいつの顔を掴み引き離しながらそう言った。


「宮園翔、俺と勝負しろ!」

 顔を掴んだ手を振りほどき、数歩離れると俺を指差しキメ顔で再びそう言った。

 ひとつひとつ一つが一々面倒だなこいつ。

 能天気な奴だ……。


「……いいぜ」

 そいつに向かって俺はそう言い放った。


「か、翔君?!」

 俺がそう言うと会長は叫ぶ様に俺の名前を呼んだ。


「いいんですよ、陸上なめ腐った奴にはお灸を添えないとね」


「──お灸は据えるだけど」


「……」

 と、とりあえず、このサッカー野郎は完膚なきまで叩いておかないと。

 どんな世界にも足の速い奴はいる。

 その誰もがもし陸上をやっていたらと言われるがそれはあくまでもやっていたらの話だ。


 どんなに足が速くても、専門家には勝てない。


 それを思い知らせる必要があるのだ。


「着替えてくるからお前も準備しろ」

 俺がそう言うと「拓人だ!」と言い返してくる。


「俺に勝ったら名前で呼んでやるよ」

 弱い者いじめは嫌いだ。

 勿論いつもなら相手にはしない……が、俺は今、円の事でムシャクシャしていた。

 丁度いい、こいつで憂さ晴らしさせて貰う。


 そう思いながら俺は着替えるべく部室に入った。

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