第90話 好きにすれば……
「うーーん、寝てると可愛いんだけどねえ」
私に落とされ失神している彼女をじっと見つめる。
可愛い顔、目元がお兄ちゃんに似ている。
ちなみに語尾にねえって付くのは彼の口癖……最近一緒にいすぎて少し移り気見。
改めて、こんなに可愛い兄妹の生活を一変させてしまった事に罪悪感が沸き起こる。
彼を、そして彼女を救いたい。
私の一生をかけて、そう心の底から思っている。
思っていてこれかよ、という突っ込みを一人で楽しみ、私はあまりに可愛い寝顔に思わず持っていたスマホで撮影をする。
『パシャ』
というスマホの音に反応するかの様に彼女の目尻がピクリと動いた。
長い睫毛が上下する。パチパチと数回瞬きをすると、彼女の大きな瞳に私が映る。
「おはよ」
私は仰向けで寝ている天ちゃんに笑顔でそう言った。
「ひ、ひう! て、テメエ!」
「あら乱暴な言葉ね」
そう言って笑顔は崩さず睨み付ける。
「ひ!」
一転彼女の顔が怯えた子犬の様に変わった。
うん、とりあえず刷り込みは成功したみたい。
顎をねらってノックアウトするより、腕を取り後ろから抑え付け動けなくしてから、じわじわ締める事によって私は天ちゃんの心を折りに行った。
コロコロされる恐怖、彼女の中で今、私は畏怖の対象になっている……筈。
「ねえ、裏切り者ってどういう意味?」
「う、うっさい、知らない!」
死の恐怖に震えながらも気丈にそう言い返して来る。この状態でもまだ反抗する意思を持てるとか、どれだけ私の事を嫌ってるのよ。
天ちゃんは私を見つめながらゆっくりと身体を起こす。
私はゆっくりと起き上がる天ちゃんに向かって手助けしようと手を伸ばすと、彼女はビックっと身体を震わせ縮こまり目を閉じた。
うーーん、可愛い。まるでチックの様な可愛さだった。
チックが初めて家に来た時は、私が天ちゃんの様に怯えてたけど……。
私は思わず天ちゃんの頭を撫でる。サラサラとした髪、こんな所もお兄ちゃんに似ている。
「や、止め! さ、触るな!」
「あん! もう……」
「一体なんなの?! 結局何しに来た!?」
「うーーん、お話し合い?」
「は?! 話って、人を絞め殺そうとしておいて!」
「だって天ちゃんが先に手を出してくるから」
だから正当防衛でいいよね? 過剰防衛? なにそれ美味しいの?
「うっさい! あんたなんかと話す事なんてない!」
「うーーん」
全くとりつく島も無いとはこの事だ。
「……」
涙目で私を睨み付ける天ちゃん、まあ、でも一つだけわかった事がある。
この怒りの原因はお兄ちゃんの、翔君の足を私が駄目にしたって事だけじゃ無い……、私自身に直接何かしらの恨みがあるような、そんな感じがした。
「とりあえずさ、翔君の事だけ、それだけ話させて貰っていい?」
「……か、勝手にすれば」
ようやく素直? にそう言う天ちゃん。でも完全に私に怯え、私から目を反らす。
「ありがとう」
「うっさい……」
私は翔君の現状を色々と話した。勉強の事、学校での事、将来の事。
そしてそれは天ちゃん自身にも関わってくるって事も。
私と同じく今年、城ヶ崎学園への外部入学を目指している天ちゃん。夏休みは間違いなく正念場にと言って良いだろう。
そう、入試は競争だ。ここで、この最後の夏休みで勝負が決まると言っても過言ではない。
だから、この夏休みの間、出来るだけ天ちゃんの負担にならない様にと、私はそう説得する。
「そんな事言って……自分がお兄ちゃんと一緒にいたいだけじゃないのよ」
「……そうね、それが私の願いだから」
「ふん! そんな事言って、どうせ最後は裏切るんでしょ……」
「だからなんなのよ裏切るって」
私は彼を傷付けた、でも裏切る事をした記憶はない。
勿論、天ちゃんに対しても……。
「──言いたくない」
天ちゃんは頑なに裏切り者という言葉の意味を、私に告げる事を拒む……。
いったい、私が何を裏切ったというのだろうか?
「……とりあえず、夏休みの間だけでも、翔君の好きにさせて貰っていいかな?」
「……お兄ちゃんが、そうしたいって言うなら……仕方ない……」
「旅行もいいかな?」
「な!」
「合宿よ合宿、海を見ながらの夏合宿、あ、そうだ! 天ちゃんも一緒に行く?」
「い、行くわけないでしょ!?」
「そっか~~、残念だなあ、天ちゃんの水着姿見たかったなあ」
「だ、誰があんたなんかに?! もう話は済んだ? ならもう帰れ!」
「……はーーい」
私はそう言われ素直に家を後にする。帰れと言われ居座れば住居侵入になるから……始め勝手に入った? 何の事?
「まあ、色々と収穫はあったし、今後は多少話も出来そう?」
天ちゃんとの関係を一歩進められた喜びでホッとした瞬間、ビリビリと全身に痛みが走り、お腹を抑え壁にもたれ掛かった。
「うううう、お腹痛いよおお……」
天ちゃんの前では何でもない素振りを見せていたけど、実際今にも倒れそうなくらい効いていた。
さすが日本一の兄の妹だけの事はある……。
体幹も運動神経もとんでもない化け物だった。
私はよろよろとよろけながら、家路に着く。
あの兄妹に関わるのは命懸けだなあ……と、改めてそう思いながら……。
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