第110話 まるで…………な、体勢


「話してきたお」

 そう言いながらノックもせずに唐突に扉を開け夏樹が部屋に入ってきた。

 

「あ、うん、ありがとう」

 ノックしろやと言いたかったけど、まあ、合宿中に何をするわけではないし……、例え着替えていたとしても夏樹なら問題はない。

 

「穂波たんかわゆすだねえ~~」

 和室に敷かれる布団の上にペタりと座り込みニコニコしながら僕を見る夏樹。

 そんな夏樹の姿を見て僕はホッとする。


 妹と同様、僕が全く緊張せずに心の内の全てを話せる一人。

 いや、最近じゃあ妹にも話せない事が多々ある。


 僕の心の中ロックを全て解除出来るのは、夏樹だけなのかも知れない。


「ちゃんと理解してくれた?」


「まあ、低用量ピルは体重増加とか副作用が色々あるからねえ、一通り説明しておいた。親御さんに理解して貰ったりとかねえ、あ、今度私の通ってる婦人科に一緒に行く事にしたよ」


「そか、重いって夏樹よりもなのか?」


「うーーん、量が多いって言ってたけど、それって比較対象が母親とか、姉妹とかになるからねえ、よっぽど親しい友達でも中々詳しくは話さないよね~~」


「だよなあ……」

 妹や夏樹とは子供の頃からずっと一緒だった為か? 二人の性格なのか? 男扱いされていないからか? 共にそういった事を僕に隠したりしなかった。


 特に夏樹は全く気にする事なく、僕に色々と相談してきたりする。

 身体の構造や運動生理学の勉強をしていた僕は、夏樹に相談され、一緒に勉強しそのやり方で解決した。

 

「まあ、その辺に売ってる物じゃないし、病院にいかないと始まらないからねえ」


「そうだよな……その辺は僕じゃ、いや、医者以外どうにも出来ないからなあ……じゃあ頼んでいいか?」


「うん、もち、ろーーん」

 餅つきをする仕草でそう言う夏樹……まあ、突っ込むのは止めておこう。


「ところで、バスケ部は大丈夫なのか?」


「あーーうん、また腰痛めたからねえ、とりあえず大事を取って一週間休みになったお、部長にはいいマッサーがいるからそこに行くって、あはははは」


「マッサーって、ああそうだ、ちょっと見せてみろ!」


「待ってました~~!」

 大きな文字でスポーツメーカーのロゴが書かれたTシャツ姿の夏樹はそう言うとおもむろにそのTシャツを脱ぐ。

 何の躊躇いもなく白のスポーツブラを僕の前で露にし、さらには履いていたトレーニングパンツも脱ぎ捨てる。

 そして何の躊躇いもなく下着姿で僕の布団に寝転ぶ夏樹。


「えっと……まあ、いいか……」

 一瞬こんなところで? とは思ったけれど、わざわざここまで来て貰ったのに、断るわけにもいかず、僕は夏樹の足元に座り、足を持ち上げると僕の太ももの上に置く。

 そして腰が曲がらない様にお腹の下に枕を入れる夏樹。

 ちょっと変な体勢だけど、膝が曲がりにくい僕では、こうやるのがいつものやり方なのだ。

 

 腰の痛みの場合直接腰をマッサージするわけにはいかない、いや、そもそもどんな部位でも痛い場所を直接マッサージするのはよくない。

 重いとか、張りがある場合、原因は主に疲労なのでマッサージをして血行を良くする事により疲労回復を早くするという効果がある。

 

 僕のマッサージは基本的に筋肉の疲労回復とリラックスを目的にしている。


 しかし、この場合のやり方はいつものアロママッサージとは少し異なる。痛みがある場所というのは怪我に近い状態が考えられる。

 夏樹の場合は腰の骨が生まれつき曲がっていた。

 それがバネになるとも考えられるが、やはり負担がかかり練習量が増えると痛み出したりする。


 そんな傷んだ場所をマッサージすれば、特に機械や指圧なんかで強くマッサージすれば、より悪化する可能性がある。

 

 なので腰自体には触れずに、周囲の筋肉をマッサージする事で疲労を回復させ、患部をケアする方法を取っていた。


 腰の周囲で一番大きな筋肉の箇所、特に今日のジャンプの疲れがたまる場所に僕は手を当てた。


 太ももの裏、ハムストリング及び大臀筋をマッサージしていく。

 僕が夏樹の太ももに触れる……と、「くっ……ううん」と声が漏れる。

 やはり腰を庇ってのジャンプのせいか、いつもより熱を帯び張りもみられる。


 スポーツマッサージはとにかく強く押してはいけない。やさしく触れるようにを心がける。

 

 ハムストリングから、大臀筋にかけて筋肉を軽く解すように、大臀筋を持ち上げるようにマッサージする。

 

 ちなみに大臀筋とはお尻の部分の筋肉の事……。


 ここの筋肉は走る事に関しては特に重要な筋肉になる。

 

「ふ、ふ、ふ」

 僕の動きと共になぜか夏樹の吐息が漏れる。痛いのか? 


「大丈夫?」

 僕はそう尋ねると夏樹は僕を見ずに言った。


「う、うん、平気……つ、続けて……、くっ、ふ……」


「あ、うん」

 中学時代はこんな事は無かった。なぜだろうか? 特にいつも通りのマッサージなのだが……。

 やり方を変えたつもりはない。 特に夏樹の腰の痛みは今に始まった話ではないので、以前は毎日の様にやっていた……。


 とりあえず……いつも通り大臀筋から広背筋と腰回りの大きな筋肉のマッサージを続ける。

 汗ばむ背中、全身が熱を帯びてくる。 それと同時に夏樹の声どんどん大きくなってくる……。


 一体どうしたのか? ただのマッサージなのに……。


 そして、夏樹の脇腹に触れたその時。


「ひ! ひうぅぅ!!!」


「え?」

 夏樹が突然大声を上げる。


 その声と同時に部屋の扉が開いた。


「な、ななな、なにをしてるの!!」

 その声と同時に真っ赤な顔の会長と、灯ちゃんと、先生が飛び込む様に部屋に入ってくる。


 なにって……ただのマッサージだけど、っておもったが冷静に今の状況を鑑みる。


 ほぼ半裸の夏樹は僕の部屋の布団の上、汗だくの状態ぐったりしている。


 その夏樹を背後から触っている僕……。

 夏樹の足は僕の足の上に乗っている。


 冷静に考えて……まるで……な、体勢……。


 あれ? これってヤバイやつ?






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る