第214話 宮古島合宿2日目 その2(円だから)
膝の調子を確かめると、俺はゆっくり歩き始める。
相変わらず右足の感覚は鈍い。
一度切れ時間が経ってしまった神経は、もう元には戻らない。
膝より下の感覚は現状からはもう良くならないと思った方が良い。
ジャンプするのは怪我して足とは違う、利き足の方だけど、やはりこのハンデは大きい。
この先の事を考えると、圧倒的な力の差を生み出さなくては勝てないだろう。
円との事はひとまず置いておく。
自分は自分のやるべき事をやらなければ、これは合宿なのだから。
気持ちを切り替え、一度頬を軽く叩き、歩くスピードを段々と上げる。
そしてゆっくりと走り始め前を走る円を追った。
長距離選手ではないので、長い距離のランニングはそれ程必要ないのだが、走る事が大好きな俺は、以前から時々こういった練習をしていた。
長く走れるって事は……ずっと喜びが続くようなものだから。
ホテルを出発すると、直ぐにサトウキビ畑が広がる。
自分の泊まったホテルのような、建物が海岸線に点在している。
恐らく台風のせいだろうか? 建物はほぼ全てコンクリート造りだ。
円がペースメーカーのように一定の速度で前を走る。
時々島の景色を堪能するように、気持ちのよさそうな顔で遠くを眺めている。
俺たちが泊まっていたのは宮古島の離島、伊良部島。
宮古島からは海を渡る橋で繋がっている。
そして、伊良部島の直ぐ隣に下地島がある。
ちなみに宮古には二つの空港が存在する。
一つは宮古空港、そしてもう一つが下地島空港だ。
かつては某大手航空会社がパイロットを養成するのに使っていたらしいが、今は撤退したそうだ。
現在はLCCが乗り入れており、他の航空会社の離着陸訓練で時々使用している小さな空港だ。
道路の青い看板にその下地島空港の文字が書かれているので、なんとなく円はそこを目指しているのだろうと俺は予想した。
本島と比べはるかに南なので帆の出の時間は遅く昇ってまだ間もない。
しかし、やはりここは南国、早朝でも日差しは強い、背中がジリジリと焼けているような熱さを感じる。
朝食前の軽い運動なのでのんびりと走っているが、もっと走りたい、おもいっきり走りたいと……俺の本能がそう訴えてくる。
これは朝のジョギングだ。早く走る意味は全く無い。
でもその気持ちを抑えきれず、俺は、ほんの少しだけスピードを上げた。
スピードを上げると、前方からねっとりとした空気が顔に絡み付く。
僅かに潮の香りがする。
先を走っていた円と並ぶ。
円は一瞬驚きの表情を見せる。
そして何故かくしゃりと顔を歪ませ泣きそうな、笑っているような? 泣いているような? どっちとも取れる表情を見せ前を向いた。
俺の想像だけど……走れるようになった姿に安心しているのだろう。
「えっと……今日の練習はどうする? 競技場もあるけど」
走りながら円は誤魔化すようにそう言った。
「……うーーん、せっかくだし午前中は海岸で午後はプールで練習するかな」
海岸で走るとか青春かよって思うかも知れないが、走ったことの無い人は一度走って欲しい。
砂浜に足をとられまともに走れない、かなりの負荷がかかるのだ。
おまけにバランスを取るのも難しい、砂浜を走る行為は、足に負荷かけバランス能力を養ってくれる。
そしてプールのトレーニングは言わずもがなで、浮力の為に足にはあまり負担がかからない。
しかしプールで泳いだり、歩いたりするのは水の抵抗によりかなりキツイ全身運動のトレーニングになる。
プールトレーニングは主に、怪我のリハビリで行ったりする。
足が脆い競走馬もプールトレーニングを行っているぐらいだ。
「そっかじゃあ……。水着、着なくちゃね」
そう言うと円は漕ぐペースを少し上げた。
円の耳がほんのり赤く染まるのが見える。
「円の……水着」
去年の夏、沖縄で着ていた円の水着姿が頭に浮かぶ。
陸上部のユニフォームのようなセパレートの水着、今でも俺の脳裏に鮮明に焼き付いている。
一緒に風呂にも入った事があるのに……そっちはおぼろげな記憶でしか覚えていない。
しかし何故かあの水着姿は鮮明に残っている。
また今年も見れる……そう思ったらなんだかやる気がみなぎってくる。
それにしても何故だろうか?
陸上のユニフォームなんて見慣れている筈なのに……。
何故か円のあの姿に俺は興奮を隠せない。
陸上は男女が一緒に練習し、そして同じ場所同じ時間に大会がある数少ない競技だ。
だから一々女子のユニフォーム姿を見て興奮なんてしてたら身体がいくつあっても持たない。
なのに、何故だろうか……円にだけはドキドキしてしまう。
円だけは興奮が抑えられない。
「円……だからか」
前を走る円を見て俺はそう結論付けた。
円だから……俺は……。
【あとがき】
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