第78話 痴漢? 変態?
二週間が経った……期末試験前日、私はまた先輩と会った公園にやって来た。
南から梅雨明け宣言が出されている。関東も恐らく今日明日には梅雨明けだろう。
夏の日差しが差し込む中、私は公園のグラウンドで先輩を待っていた。
いよいよ今日から先輩に教えて貰える。
大会迄もう間もない。
急いで仕上げないと、私は焦っていた。
待つこと15分、時間ぴったり先輩はいつもの様に杖をついて歩いてくる。
そして私の元に来るなり、何も言わずに私の手を取ると、そのままベンチ迄引っ張って行く。
「え? え?」
わけもわからずベンチに座らされると、先輩はその場に杖を置いた。
そして、右足を伸ばしベンチの下に入れると、私の目の前にしゃがみ、そのまま私の……足をむんずと掴んだ。
「ひゃううう! な、何を!」
いきなり足を掴まれ思わず悲鳴をあげる。なのに先輩止める事もせず、トレーニングウェアの上から私の足を触っている。
な、なんなのこの人は? そう思っていると先輩はそんな私の思いに構う事なく言った。
「脱いで」
「へ?」
「早く!」
「ええええええ!」
「脱げないの? 下は下着?」
「ランニングパンツだけど……」
「じゃあ脱げるよね、早く」
「は、はい……」
一体なんなんだ? この人は……。
私は言われるがまま、裾のチャックを下ろし、シューズを履いたままトレーニングウェアを脱いだ。
「上も脱いで」
私の足を一目見るなり今度は上も脱げと言い出す先輩……ちょっと自分が何を言ってるかわかってるの? 中学生に脱げとか、BANじゃなくて、捕まるよ?
「……はい」
でも、真剣な先輩の言葉を断る事も出来ず、私はもうどうにでなれとトレーニングウェアを脱ぎ、その場でランニング姿になった。
先輩は私をじっと見ると今度はふくらはぎを触りそのまま太もも腰お腹と順に触れていく。
「ひゃう! ええええ! きゃあああ!」
いやあああ、やっぱり痴漢? 変態? どさくさに紛れて? この人は一体何をしてるかわかってるの? 人をなんだと思ってるの? 中学生だよ? 女の子だよ?
でも先輩は遠慮するどころか、そんな声を上げている私に言った。
「うるさいから、少し黙る!」
「ひゃ、ひゃい!」
ええええ? 怖い、なんなの? 一体何が起きてるの?
真剣な顔で私の身体をベタベタと触れていく、びっくりしたけど、でも……不思議といやらしい感じはしなかった。まるでお医者さんが触診をしている様な、そんな感覚だ。
「やっぱり……夏樹に似てる」
「……なつき?」
「あ、なんでもない、オッケー、ちゃんとやって来たみたいだね」
さっきまでとは違い、先輩の顔が穏やかないつもの顔に変わった。
その顔を見て、いつもの先輩の顔を見て、私はホッとした。
さあ、いよいよだ。いよいよ始まるんだ。
私はそう思っていた。でも……。
「じゃあ、試験終わるまではそれで宜しく」
「本当に? だ、だってもう予選が!」
中体連の予選は2回しかない。その1回目、全中通信が迫っている。
「期末後に大会とか、何者考えてるんだろうねえ、うちの学校の期末は特に厳しいし、僕も今から最後の追い込みだから、もう行くね、早くいかないとコロコロされちゃう」
先輩は恐怖に満ちた顔でそう言うと、地面に置いてあった杖を拾い私に背を向けノロノロとその場を後にする。
「コロコロってなんですか? いや、先輩? ちょっと、え? ええええ?」
結局先輩は私の身体を触り、私のスマホにスタート練習用のソフトをインストールした後、スタート連のメニューだけ伝えて帰っていってしまった。
「ええええええ……」
騙された、私はそう思った。
先輩は始めから私に教えるつもりなんて無いって……。
多分自分が走れなくなったから僻んでいるんだ……ってそう思った。
「もう駄目だ、さすがに間に合わない」
こんな事をしてたら、走れるものも走れなくなる。
私はそう思った。
「でも……」
さっき私を触っていた時の先輩の目は真剣だった。
小学生の時と同じ目をしていた。
キラキラと輝く先輩の目、嬉しそうな表情、先輩がどれだけ陸上が好きだったかわかる。
私を裏切ったとしても……陸上を裏切るわけがない……。
私はそう思う事にした。
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