第77話 円の宣戦布告
「さてと、じゃあカレーも食べ終わったし、今日の事を聞きますか」
僕と向かい合いカレーを食べ終わった妹は、すました顔で立ち上がると、食器を片付けながらそう言った。
「え、エッホ、ゴホッ」
「どうしたのお兄ちゃん、何かやましい事でもあるのかな?」
食器を水にさらした妹は振り返ると僕を見てニッコリ笑った。
思えば帰ってきた時から何かよそよそしい妹、食事中の会話も殆んど無かった。
「い、いえ、別になにもないよ」
「へ~~そう」
「な、な、なんでそんな事聞くのかなぁ?」
「まあ、一応念の為に?」
妹は予め用意してあった食後のコーヒーを入れ、再び食卓に座ると、僕と自分の前に置いた。
ちょ、まだ食べ終わってない、でもその無言の圧力に、僕は慌てて残りのカレーをかきこむ。
「ご馳走さま、美味しかったよ」
「お粗末様、それで今日は【あいつ】と、どんな事をしたのかな?」
妹はコーヒーを一口飲むと上目遣いに僕を見る。
顔はにこやかだが、目は笑っていない。
疑われている。僕はその目を見て確信した。
でも何故?
まさか本当に妹好きな神様と妹が繋がっている? なんて一瞬思うも、そんな事はあり得ない、だとしたら北海道の事だって、わかる筈だ。
異世界転生の様に中途半端に恩恵をくれる神様がいたとしたらそんな事もあるかも知れないが、残念ながらここは現実世界、神様なんてこの世にいるわけが無い。
だとするならば、盗聴? はたまた盗撮?
いや、自分の部屋や夏樹の部屋ならまだしも、高層マンションのさらに最上階の円の部屋を覗き見るなんて、某30のスナイパーでも不可能に近い。
だとするならば、当てずっぽうや、僕の態度で、かまをかけているのだと推測される。
それなら誤魔化せる。証拠なんて無いのだから。
「えっと、勉強してコーヒー飲んで……また勉強して帰ってきた?」
「へーーなんか抜けてない?」
「え?!」
「お兄ちゃん……二度と私に嘘はつかないって、言ったよね?」
「……う、うん」
「隠してバレたら倍返しだ! とも言ったよね?」
「いや、それは言ってない気が──」
『バン!』
僕の曖昧な言葉に業を煮やしたのか? 妹はおもいっきり机を叩いて威嚇する。
そして同時に、にこやかに話していた妹の顔が、鬼の形相に変わった。
今にも頭から湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にして、そう、赤鬼だ。妹は赤鬼になった。
「ネタは上がってるんだ! 素直に吐け!」
「ひう! え、えっと、き、キスを、キスをね、しそうになったというか、いや、しなかったんだよ、実際には、じょ、冗談でその、会話の一部って言うか」
僕はしどろもどろになりながら、妹に説明をした。
本当の事を、正確に、雰囲気とかは人によるし、あくまでも僕の中では冗談だったって事で……。
「しなかった、ふーーん」
「うんうん」
「アホかあああああ! ネタは上がってるんだ!」
「え?」
「こいつが目に入らぬか!」
妹はベタな時代劇俳優の演技を真似しながら、僕に向かって手鏡を突き出した。
「…………えええええ!」
鏡に映る僕の顔、そのほっぺにうっすらと、ピンクの口紅の跡がって、ああああああああ!
「ちっくしょう! あいつ、あの女、わざとか! わざとなのか? これは宣戦布告かあああああ!」
妹の目からビームが出る、そして口から炎を吐き出す。
様な錯覚に陥るくらい怒っている。
そんな妹の姿を見て、ガタガタと身体が震える。ま、円さん、マジですか?
妹は天井を見上げ怪獣の様に吠えると、獲物を取る肉食獣の様に僕を見た。
僕は足を怪我したインパラの様に、その場で硬直する。
「ほっぺをさしだせええ、そのキスマークごと噛みちぎってやるうううう」
「うわ、うわ、うわあああああああああ!」
妹はテーブル乗り越え僕の顔を両手でむんずと掴むと、そのまま僕のほっぺにがぶりと噛みついた!
「いってええええええええ!」
本気だった、本気で噛みつかれた……。
そして……妹は返す刀で今度は逆のほっぺに吸い付いた。
「じゅうううううううううう」
「うぎゃあああああああああ!」
妹におもいっきり吸われた……これって……キスなのか?
キスなのかはわからないが、間違いなく歯形とキスマークは僕の両頬に押印されていた。
◈◈◈
翌日両頬に絆創膏を貼って登校した僕。
学校では我慢していた円は、放課後マンションで大笑いをする。
「あはははははは、うける!」
「誰のせいだ!」
「ふふん、そろそろ妹さんへ、私からの意思表示をしておかないとって思ってねえ~~」
「意思表示って」
「いつまでもおとなしくしている円さんじゃ無いからねえ、いつかは決着つけるよ」
「決着?」
「殴られっぱなしじゃあねえ、ふふふ」
円はそう言って笑う。いたずらっ子が罠を仕掛けた後の様に笑った。
あの妹に、相変わらずの円嫌いのあの妹にどう対抗するのか、僕はその円の言葉に戦々恐々としていた。
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