第224話 宮古島合宿最後の夜


 最終日の夜……が来る。


 観光から帰ると夕食迄お互い部屋に戻ることになったが、俺はいてもたってもいられず直ぐに1階のリビングに下りて行く。


 そしてリビングのソファーに座り正面の大きな窓から沈みゆく太陽を見つめた。


 早朝、日中、夕方……宮古島の海の色は時間によって変化していく。

 一度として同じ色は無い。


 今は夕焼けに照らされ紫色に近い。


 これが最後の夕景色……そう思うと少しセンチメンタルの気持ちになる。



 俺がそのままボーッとしながら外を眺めていると勝手口からメイドさんが入ってきた。

 メイドさんに俺が軽く会釈をするとメイドさんは驚く様子もなくお辞儀をし、夕食の準備に取りかかる。


 カチャカチャと食器を並べる音が暫くした後、メイドさんは俺の前のテーブルにコーヒーをそっと置く。


「あ、ありがとう」


「いいえ……どうかなされましたか?」

 

「あ、いえ……まあちょっと」

 今夜が不安でなんて言えるわけもない……そんな俺の様子を見かねたのかメイドさんは俺の隣に腰を下ろすと俺が見ていた窓からの景色を一緒に眺める。


「いい景色ですよね……」

 どんどんと暗くなり紫色から濃紺に変わっていく海の色をながめつつメイドさんは俺にそう言った。

 初めて二人きりで俺と話すメイドさん……円で麻痺しているが、このメイドさんも相当綺麗だ。


「……うん……えっと聞きたかったんですけど、やっぱり何も聞かないのは仕事の決まりなんですか?」

 こんな時でも俺たちの事情とか、円のことを一切聞かないのは仕事だからなのかと俺はずっと聞きたかったそんな当たり前のことをあえて訪ねてみた。


「そうですね……ただある程度の事情は知ってますので、このホテルはいわゆる芸能人のがお忍びで来られる場所なので……」

 

「そうですか」

 誰が? なんて聞いても答えるわけがないと俺はそこで話を止める。

 そして円の事務所が絡んでいるのか? もしかしたら母親が……メイドさんの言葉からそう深読みし始める。


「もし私に出来ることがあれば何でも致しますよ」

 少し難しい顔でそんな事を考えていると、メイドさんは微笑みながら俺にそう言った……な、何でも……って。


 つまりは……ここは芸能人御用達ってこと……ゆえに、ここで起こったことは一切外には出ないってこと……。


 そのメイドさんの表情を見て、俺は改めてここが自分にとって場違いな場所だと認識させられた。


「それでは……お食事の準備をさせて頂きます」


「あ、はい……えっとその、色々ありがとうございます」


「いえ、ごゆっくりしてください」

 そのとてもビジネスとは思えないメイドさんの笑みに思わずドキッとしてしまう。

 さっき何でもって言ったよね? なんて突っ込みも出来ないくらいに……。


 そして俺は改めて思った。


 円と俺の身分の違いに……そんな人に手を出してしまった恐ろしさに……。




 暫くして円が部屋から降りてくる。


 昨日とは違いカジュアルな服装に俺は少し安堵した。


 そして最後の晩餐を終え各々の部屋に戻る。


 今朝から口数が少ない円……俺も食事中何を言っていいかわからないでいた。


 ぎこちない1日が過ぎていく。

 もう後戻りは出来ないと俺は今後の事、円との事、陸上の事等色々考えようとしたが、やはり今夜のこれからの事が気になってそれどころじゃ無かった。


 俺は部屋に戻ると俺は暫く部屋を意味なくぐるぐると歩きまわり、そのまま緊張の面持ちでベッドに腰掛け扉を見つめる。


 じっとしていても鼓動が早まる、心臓が高鳴る。

 来るのだろうか……円は……今夜も……。


 そう思ったその時扉からノックの音が鳴った。

 

 え? 早くね?

 食事を終え30分も満たない……。


 ま、まさか……こんな早くから? 

 まだ夜になったばかり……夜戦には早い時間……。


「ど、どぞ」

 声が裏返りそうになるのをなんとか調整し俺はそう返事をする。


 俺の声にワンテンポ遅れてゆっくりと扉が開いた。


 勿論そこには円が立っていた。

 食事前に何でもすると言われたので一瞬メイドさんかもって思ってしまった自分を張り倒したくなる。


 そんな気持ちを円にバレないように押さえ、扉の外にいる彼女をじっと見つめる。


 そして俺は円のその姿に思わず息を飲んだ。


 円は俺の視線に構うことなくゆっくりと部屋に入ってくる。


 トレーニングウエア姿で……。


「え?」


 昨日とはうって変わったその姿に俺は驚きを隠せないでいた。

 そして円は思い詰めたような表情で俺に向かって言った。


「翔君……やるよ……今日練習してないし……体力余ってるよね」


「え?!」 

 トレーニングウエア姿でそう言う円……いや、大人のスポーツとは言うかもだけどそんな昨日の今日で大胆な……。


 俺は思わずごくりと喉を鳴らし唾を飲む。


 すると円はそんな俺に構わずつかつかと歩みより、顔を近づけて来る。


 そんないきなり? まだ心の準備が……なんて乙女のようなことを思いつつ俺は思わず目をつむる。

 と、顔に冷たいものが当たった。


 あれ? 円の顔ってこんなに固くて冷たかったっけ? とゆっくりと目を開けると……。


 円は俺の顔にノートを押し付けていた。


「へ?」


「翔君! 勉強! 全然してない!!」

 円はカタコトのようにそう単語を連ねた。


「あ」

 そして……その言葉にこの旅行中、いや、ここ最近何か失念しているようなそんな気持ちが一気に晴れた。


 そうだった……ここのところ色々ありすぎて勉強が全く手についていなかった。


 陸上部に復帰したが俺は体育科に入り直したわけではない。

 ただでさえ進学ギリギリの俺が一週間近く勉強をしていないことを円に指摘され俺は思わず声をあげた。


「今夜取り戻すよ!」


 円はテーブルに課題とノートを広げ真剣な表現で俺を見つめた。


 俺と円は嫌らしい気持ちになることもなくそのまま勉強を始める。


 陸上も勉強も数日休むと取り戻すのに滅茶苦茶大変だと改めて思いつつ、俺は宮古島最後の夜を少し残念でかなり安堵しながら円と二人で過ごして行く。


 そしてこのまま今までの遅れを取り戻すべく最後の夜は……二人で何事もなく朝を迎えることになった。


 こうして最後の宮古島の夜はあっさりと過ぎ、翌日メイドさんに見送られ早朝の便で宮古島を後に羽田空港に戻った。



【あとがき】


いやあ、宮古島に行って景色を眺めたら……まあ、どうにかなっちゃうよね?

そう思ってしまい、今回の話になりました。

本来なら、邪魔が入る予定だったんですけど(笑)


 関係が一歩進んだ二人、でもまだ話は終わらない( ゜Д゜)

そして舞台は再び陸上部に……。


次回からはいよいよ只野さんと部長さんと妹とキサラ先生と円の戦いの火蓋が切っておろされる予定に!!

尚、予定は変更になる可能性があります。(;´Д`)


そもそも忙しいのと花粉が辛くて全然書けない(;´Д`)


追伸

円と翔君の初めての夜をノクターンの妹王って人がいつか書くかもしれませんが、あくまでも同人扱いなので私は関与してません(笑)

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