第106話 声が聞きたい


 翔君が陸上部の合宿に行ってる為に私は暇をもて余していた。

 なので久しぶりに昔の映像を引っ張り出して観賞している。

 まあ、暇だからって理由だけじゃないんだけど。


 アイドル時代のイベント動画、門外不出のこの映像。

 『P_ミニオン』の活動のほぼ全てを収めている動画はBD数十枚に納められ私の手元にある。

 ちなみにその時間は100時間を越える。なのでこうやって暇を見つけては動画観賞をしていた。


 アイドルグループ『P_ミニオン』私を除く全員が一般人になった。

 そして私もママの事務所に入った為に、この映像は一切表に出る事は無い。


 そもそも撮影は厳格に禁止されていた。

 仮に盗撮されていたとしても、世に出る事は無い。


 私は皆と一緒に引退はしなかった。

 なので私だけの画像等は表に出る可能性があったけど、ママと同じ大手事務所に所属した為に映像が表に出れば今でも即削除要請が出される。

 

 未だにママの影響下にいるのは癪だけど……。


「楽しかったなあ……」

 テレビ画面には、ハチャメチャに笑っている自分が映っている。

 マイクスタンドを少林寺拳法のこん棒のように、香港アクションスターの真似をして振り回している。

 一生懸命練習した、歌もダンスもこのパフォーマンスも。

 スタントまがいのアクション……チラチラと見えまくるパンツ……まあ、こんな映像が外に出たらママは大変だろうな……こんな恥ずかしい娘を持って……。


 でも私は楽しかった……夢中だった……。


「皆、元気かなあ……」

 解散そして私を除く全員が引退……メンバーとの別れ……あの時の事を考えると涙が出そうになる。


 あっという間だったと……動画を見つつあれから数年の事を感慨深く思っていると、側においてあるスマホから着信音が……その最初の音を聞いた瞬間、私は百人一首の全国大会以上のスピードで空気を切るように手を動かしスマホを手に取ると、素早く通話ボタンを押した。


「なあに?」

 電話の主はわかっている。そろそろかな? と構えていたから。


『あ、うん』


「どうしたの?」

 元気の無い声、まあ、そうだろうとは思っていた。

 女ばかりの合宿、ハーレムだなんて勘違いしていたら痛い目にあう。

 もちろん翔くんはわかっていたとは思うけど、それでもままならないのだろう。

 

『うん……ちょっと……えっと、あのね、その……ま、円の声が聞きたくて』


「──はう!」


『はう?』


「ううん、な、なんでも」

 な、なに? これは想定してなかった。翔くんがいきなりデレるなんて!

 ああ、か、可愛い……可愛すぎかよ! でも、ダメ、つまりはそういう事なんだ。

 私は嬉しい気持ちを抑え冷静に言った。


「やっぱり誰も言うこと聞いてくれない?」


『……まあ、言う事は聞いてくれる……嫌々だけど』


「それは仕方ないんじゃない?」


『僕の言ってる事に納得出来ないならそれでも良いんだ、自分がどうしたいか、どうなりたいか……それにはどうすればいいか……そんな事も考えないで、ただ言われた事をこなすだけ……なんで……』


 彼は言葉を詰まらせた、なんで……で言葉を止めた。

 でも私はその先を知っている。

 なんで、走れるのに……多分そう言いたかったのだろう。


 私に気を使ってくれている。

 彼が走れなくなったのは私のせいだから。


 走っていた頃の彼は光輝いていた。笑顔に満ち溢れていた。

 彼が楽しそうに走る姿を、私は目の前のテレビに映る自分のアイドルの時の姿と重ねていた。


 でもね、彼には絶対に言えないけど……間違っても言えないけど、でも……私は今の彼の方が好き。

 小学生の彼はとても可愛く無邪気で、そして光輝いていた。


 今の彼は少し影があり、暗く、ちょっと情けない……でも、それがとても可愛らしく感じる。


 優しい彼が好き。


 照れくさそうに笑う彼が好き。


 彼の為なら何だってしたくなる。

 

 だけど……。

 今の彼は……私が作った。

 今の彼は、彼自身が望んでそうなったわけでは無い。


 だからこれは胸の内に秘めておかなければならない。


 私は彼の望む姿に彼を変える義務がある。


 輝いていた頃の彼に……。


『円?』


「あ、ううん……なんでもない、えっと嫌々でも結果がついてくれば自然度やる気が出てくるんじゃない?」


『まあ、そうだろうけど』


「翔君は陸上の事になると人が変わるから、だからあまり高望みしないで、いつもの翔君で接すれば皆わかってくれるよ」

 


『そうだといいけど』


「嫌になったらいつでも帰っておいで」


『あはは、ここで放り出したらそれこそまた嫌われるよ』


「……大丈夫、翔君が学校中を敵に回しても、世界中から疎ましいって思われても、私がいるから、だから──大丈夫だよ」


『──あ、ありがと』


「ううん」


『じゃ、じゃあ寝るね、明日も早いし』


「うん、お休みいつでも電話してね、24時間いつでも出るよ」


『あははは、24時間って、じゃ、じゃあ』

 そう言って通話を終了する。彼が切ったのを確認して私はスマホを傍らに置いた。


「冗談じゃないのになあ……」

 24時間彼に対応しているのは今に始まった話じゃない。

 まあ、どうしても無理な時もあるけど、でも私の殆んどの時間は彼の為にある。

 ずっと彼の事を考えている。

 今こうやって昔の動画を見ているのも、実は彼の為……。

 なぜなら……。


「あははははは、やっぱり!」

 私は動画に一瞬映った観客の一人を見てそう声を出した。


「そうか、そういう事か……あははは、みーーつけた!」

 変な髪型に変な眼鏡をかけた女の子がペンライトを両手に持ち、夢中でヲタ芸をしている姿がそこに映っている。


「そっかああああ、どこかで見た気がしたんだよねええ、あっは、あの子ってば、私の、ううん、私達のファンだったんだあ、あはははは」

 どこかで見た気がしていた。でも確信は持てなかった……だからこうやって映像を一コマ一コマ食い入るように確認していた。

 

 そして……遂に見つけた。


 さあ、翔君もう少し頑張って、この後楽しい事が待っているよ。


 最高の夏休みにしてあげるから、早く帰っておいで!


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