第47話 小瓶
旭川から電車に乗って1時間、そしてそこから更に30分弱タクシーに揺られ、僕達は層雲峡温泉に到着する。
電車の中でもタクシーの中でも円は終始ご機嫌な様子で外を眺めたり、僕に他愛も無い事を話していた。
でも、僕は確信していた。
彼女に死ぬ気がない事を……。
そもそも恵まれた生活、恵まれた環境、そんな彼女にそんな事をする理由なんて無い。
僕の為に、なんて口だけに決まっている。
僕はほんの少しだけ腹が立っていた。
だから旅館に着いたら、円の策略を、この旅の意味を問いただそうって、そう思っていた。
でも、もしそうだとして、その後はどうすれば良いのか……。
一度東京に戻るか……それともここで……なんにせよ、円の協力無しでは実行出来ない。
かといって、僕には死ぬ気も無い彼女を無理に連れていく事なんて出来ない。
目の前が真っ暗に見える。視界がぼやけ、身体が震える。
一体僕はどうすれば良いのだろうか……。
いくつかの旅館やホテルが建ち並ぶ温泉街、その中でも一際大きなホテルに僕達は到着した。
「ありゃ、旅館じゃなかったか」
「大きい……」
かなりの田舎なのだが、そこに似つかわしくない立派なホテル。
所謂、観光ホテルって奴だ。
旅館風の玄関、多分円はここの写真を見て旅館だと思ったのだろう。
僕達はタクシーから降り、荷物を持ってロビーに向かう。
至極丁寧な対応をされ通された部屋に僕は驚愕した。
「な……」
大きな部屋もそうなんだけど、内装がとんでもなく綺麗なのもそうなんだけど、一番は入って直ぐに見える内風呂だった。
「ふわ~~大きい~~」
案内の仲居さんからの一通りの説明を受けた後、その広々とした部屋を縦横無尽に動きまくる円。でも僕はいまだに風呂から目が離せなかった。
だって……見えるんだよ? お風呂が、わかるこの意味……。
つまりは脱衣場も、そして露天風呂も部屋から見える。なにも遮る物がない。
見たところ、カーテンも付いていない。
落ち着け僕……今はそこじゃないだろ? そもそも入るのかもわからないし、でも有名人の円が変装出来ない大浴場に行ける筈もない。
と、とりあえず……風呂の事は置いておく。
僕は、ソファーに座ると、窓の外を嬉しそうに見ている円を呼んだ。
「ちょっと……座って聞いて欲しいんだけど」
僕がそう言うと、円は一瞬不快そうな顔をして、そしてまた再び笑顔に戻した。
「な~~に? 怖い顔して」
「いいから」
「そ、そうだ、お茶をいれよっか?」
「いいから座って!」
僕は少し強い口調で円を諫める。
「……」
円は諦めた様子で、僕の前にゆっくりと座った。
僕は一度目閉じ、心を落ち着かせ円に言った。
「円は僕を止めようとしてるの?」
「……」
姿勢を正し、真っ直ぐに僕を見つめる円。でも円は何も言わない。
「円に覚悟が無いって、死ぬ気が無いって事はわかった……僕は一人で大丈夫だから……だから、もうここでいいよ」
ここからは一人でなんとかする。ここまで案内してくれた円には感謝している。
人里離れたこの場所、どこかに相応しい場所があるかも……。
「あははははははは!」
僕がそう言うと円は笑った。凄惨な顔で、僕を見て笑った。
「な!」
僕が円のその変わりように驚いていると、円はそんな僕に構わず立ち上がる。
そしてテーブルに置いてある唯一自宅から持って来ていた自分のバッグを持って、再び僕の前に座る。
「覚悟? 死ぬ気? それが無いのは貴方でしょ?」
ニヤニヤと笑いながら、円は僕を見つめた。
「ぼ、僕は!」
僕が自分の決意を話そうとすると、円はそれを聞かず、持っていたバッグから小瓶を取り出す。
そして目の前のテーブルの上に無造作にそれを置いた。
「……これって」
「ふふふ、私の覚悟だよ」
「え……」
「言ったでしょ? 私……死ぬつもりだったって」
「……」
「翔君、貴方は死ぬなんて言ってるけど……どうやってとか、どこでとか、全く考えていないよね? そんな事で、人なんて簡単に死ねるわけないんだよ?」
「それは……」
「私はここまでした、でも出来なかった……」
円は持っていた小瓶を指で押し倒すと、コロコロと転がす。
茶色の小瓶の中には錠剤が一杯詰まっている。
「……」
円は暫く僕を黙って見つめると、視線を丸見えの露天風呂に移した。
「……一緒にお風呂にでも、入ろっか?」
そして何か思いついた様に、唐突に笑ってそう言った。
「え?」
「どうせ死ぬんだからいいでしょ? でも、その前にお風呂で……裸でじっくりと、話さない? 隠し事なしで」
裸の付き合いって奴? で、でもそれって同性同士の話で、男女って、しかも円となんて……。
「いや……でも」
「あはははは、ほら、覚悟が無い証拠がそれ」
「わ、わかった、わかったよ!」
挑発なのはわかっている、でも、僕は思わず円の挑発にその提案に乗った。
彼女の本心を聞けると思って。
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