第25話 ツナ缶って、油切りをしないといけないの?。


「辞書でも入ってたら死んでたな……」

 馬鹿力で思いっきり殴られた場所を擦りながらゆっくりと歩く。

 鞄に杖を持っているので、鞄を脇に抱え立ち止まって頭を擦る。


「ちょっとコブになってる?」

 叩かれた場所を触り、血が出ていないのを確認して再びゆっくりと歩き出す。


 ちなみに僕の歩くスピードが遅いのは、膝が曲がり難い事もそうだがもう一つ、膝下の感覚が殆んど無いからだ。


 人間が立っている時、当たり前だが常にバランスを取っている。

 バランスは足全体、身体全体を使い取っているが、意外に重要なのは足の指だったりする。

 ちなみに足の小指一本怪我をするだけで、立つのが難しくなったりする事もある。


 僕は走る時も常に指先に神経を集中させ、バランスを気にしながら走っていた。


 でも、今の僕は指先どころか、右膝から下の感覚が殆んど無い。


 つまり常に片足で立っている状態と同じなのだ。

 だから常に杖に、そして誰かに頼る事になる。


 何かしら支えが無いと生きていけないこの辛さに、僕はいつになったら慣れるのだろうか……。


 そう……今僕は常に誰かから何かを貰っている。

 

 だから……いつもそれを返したいって……そう思っている。




 ようやく家にたどり着くと、いつも何故か玄関に迎えに来る筈の妹がいない。


「ただいま?」

 帰っていない? いや、今日はご飯を作ると連絡があった。 匂いはするので何か作っていた?


 受験生とはいえ、妹にも友達がおり、時々付き合いで遅くなる事もあるがそれならそれで連絡が来る。


 僕は慌てて家の中に入り、キッチンを覗くが妹はいない。


 でも……やはり何か作っていた形跡はあるも、全部は出来ていない様子に僕の頭に不安が過る。


 間違いなく妹に何かあった。


 動かない足を出来る限り動かし、僕は慌てて妹の部屋に向かう。

 もし妹に何かあったら、1分1秒を争う事態なら、もどかしい自分の足にイラつきながら、僕は必死で2階に上がり妹の部屋に入ると……。



「あ、あま……ね?」


「……ううん、むにゃむにゃもう食べられません」

 ベッドで思いっきり寝ていた……。


「いや、そんなベタな寝言……」

 でも……寝ている妹に近付きその寝顔をよく見るとかなりの寝汗をかいており、目を瞑っていてもわかる程、目の下にくまが出来ていた。


 いつもは薄化粧で誤魔化しているのか……。


「う、ううん、……あ……お、お兄ちゃん! ご、ごめん10分だけの筈って、あれ? 目覚まし?」

 慌てて飛び起きようとする妹の肩を僕は押さえつける。


「ひゃう! ちょ! お兄ちゃん!?」


「寝とけ」


「で、でもご飯がまだ」


「そんなのどうにでもなるから」


「でも!」


「ダメ、そもそも昨日何時間寝たんだ?」


「え? えっと……5時間?」


「……本当は?」


「……えっと、4時間?」


「ふーーん……それで本当は?」


「……2時間は確実に寝たよ?!」

 学校から直接買い物に行き、家に帰ってきて掃除と洗濯をして、ご飯を作り、勉強……そして僕が帰ってくると諸々付き添う事になる。

 僕が顔を洗うにも、着替えるにも、寄り添い、甲斐甲斐しく手伝ってくれる。まあ当然着替えは自分で出来るが、全てにおいて時間がかかるし、そもそも、その着替え一つをタンス等から取り出すにも時間がかかる。


 そして脱いだ物を洗濯物置き場に持っていくにも、洗面所から部屋に移動するにしても、僕は素早く出来ない。だから妹が手伝ってくれる。


 前から言っている様に、僕は妹に、ついつい甘えてしまう。


 

「ダメ、やっぱり食事も毎日じゃなくていい、洗濯も掃除も毎日じゃなくていい、僕の世話も……出来る限り自分でやるから」

 妹を起き上がらない様に押さえながら、妹の目を真っ直ぐに見て僕はそう言った。


「で、でも……」


「大丈夫、僕は大丈夫だから、今は自分の事だけ、勉強に集中して」


「お兄ちゃん……」


「僕は天のお兄ちゃんだから……だから、大丈夫」


「……うん」


「今日は寝てろよ」


「……うん、わかった豚汁だけ作ってあるから」


「そか、ありがと」

 僕がそう言って笑うと妹もニッコリと僕に微笑む。


 そしてやはり限界だったのか、そのまま落ちる様に眠ってしまった。


 受験まで残り半年強……不安と焦り……多分妹は限界なのだろう。

 僕がしっかりしないと……僕は天のお兄ちゃんなんだから。


 眠りに落ちた妹を起こさない様にそっと布団を掛けると、部屋を出てキッチンに向かう。


 でも、先ずは下りの階段だ、いつもは妹に手伝って貰うが今はそうは行かない。

 だけど、階段は上りよりも下りの方が数倍も難しい、ましてや学校とは違い家の階段はそこそこ急で手すりも無い。

 僕は一歩一歩、あまり感覚の無い足先に全神経を集中させ慎重に下りていく。


「全く……階段一つでこの有り様って……」

 自分が情けなくなる……。

 

 そして時間をかけ、なんとか落ちることなく階下に到着し、そのままキッチンに向かった。


「とりあえず、豚汁があるんだから、おにぎりでも握ればいいか……天が起きたら食べられるし」

 そう考え作り始めるも、たかがおにぎり一つ作るのに僕は悪戦苦闘する。


 具材のツナ缶を棚下から取り出すのに一苦労し、ようやく取り出しツナマヨを作るが、そのままマヨネーズに和えてしまい油でギトギトになってしまった。


「あれ?」

 油まみれのツナマヨ、このまま握ったらべちゃべちゃになってしまうと思い、僕は一度部屋に戻りネットでツナマヨの作り方を調べた。


「油……切り? へーー」

 再びキッチンに戻り、再度ツナ缶を取り出す所からやり直し。

 今度は油切りをしてからマヨネーズに和え、ご飯をボールによそい、塩を混ぜ、握り始めた頃には2時間程経ってしまい……。


「──お兄ちゃんおはよ……何してるの?」

 すっきりした顔で妹が起きてしまった。


「あ、うん、おにぎり握ろうかと……」


「ふふふ、ありがと、じゃあそこからやるから」


「いや、でも」


「でも……ほら時間が、ね?」


「あ、ああうん……ごめん」


「ううん、良いから座ってて」

 結局最後は妹に作って貰う事になってしまう。


 一瞬で握り終える妹を見て……本当……駄目だな……僕は……と、そう心の中で呟いた。




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