第24話 勉強会のお礼
「行っちゃうの?」
「え? そ、そりゃ」
「……用事が済んだら行っちゃうのね」
冗談なのか本気なのか、白々しい演技でよよよと涙を拭う。
いや、あんたの母親って名女優だろ?
「いや、えっと……」
白浜さんとの初の勉強会を終え、僕が帰宅しようとすると、僕の制服の裾を掴みながら寂しそうにそう声をかけてくる。
「私の身体だけが目当てなのね」
「いやいやいや、身体って!」
まあ、頭も身体の一部だけど。
「うそうそ……でもなんかこれでって、ちょっと寂しいなあ」
まあ、確かに友達と勉強をしたりして、それでさよならじゃあなんか物足りない気もする。
図書館で勉強して帰りにファーストフードに寄るとか定番だよね……知らんけど。
「ごめん……だよねえ、ぼ、僕さ……その、今までそういう友達居なかったから」
陸上陸上の毎日、唯一友達と呼べる様な人は幼なじみの夏樹だけ。
でも夏樹なら深夜だろうがそれこそ泊まりだろうが、話したい時に話せたし、遊びたい時に遊んでいたし……勿論妹も一緒だけど。
「……貴方も……なんだ」
「え?」
「ううん、じゃあ……また明日」
寂しげに笑う白浜さんは、そう言って僕に手を振る。
「あ、うん……ありがと」
「ううん」
僕はそんな白浜さんを見ながら、ゆっくりと扉を閉めた。
「確かに……勉強見て貰って、はいさようならじゃあなあ……」
エレベーターの中、監視カメラを見つめ、僕はそうポツリと呟く。
ここはとんでもなくセキュリティの厳しいマンション、昼はコンシェルジュ在中、外からエレベーターホールに行くまで途中自動扉が二ヶ所あり、その両方で訪問宅の住人に確認を取らないと開かない。
尚且つエレベーターは訪問宅階にしか止まらなくしかも監視カメラでエレベーター内の様子の確認も出来る。
なので僕は仕方なくマンションのキーを貰った。もとい、借りている。
これが無いと、毎回白浜さんに開けて貰わなければならない。
ちなみに余談だがキーを持っていると、その人物はプライベートの観点から住人がエレベーター内の様子を見る事は出来ない。だから今僕は白浜さんに見られてはいない。
まあ、人は監視していないがAIが24時間監視していてトラブル発見の際は警備会社に通報するとか……。
まあ、つまり、白浜 円は、今でもそんなマンションに住まわなければいけないって事なのだ。
引退同然とはいえ、いまだに知名度は抜群、気軽に街を歩くなんて事は、早々出来ない。
更には僕との関係も公に出来ないとなっては、学校帰りや、勉強後にどこかへ行くなんて事も出来ない。
「やっぱり一緒に食事……とかになっちゃうよなあ」
妹の負担を考えるとWin-Winな気もするけど……この間提案した時もとりあえず「わかった」とは言ったが、結局今日もご飯を作ると連絡が入った。
でも、なんとかならないかなあと……今さら趣味や、人間関係を築いて来なかった事を悔やみつつ、白浜さんとの事を悩みながらゆっくりと帰り道を歩いていると、突然後ろから奇声が聞こえた。
「ひ、ひう!」
「ひう?」
振り返ると……。
「なっちゃん?」
「はう!」
「はう?」
何か様子がおかしい、いつもなら僕の背中をバーーンと叩いて来るのに……。
なんだろうと考えた……ま、まさか! 白浜さんのマンションから出てくるのを見られた?! ま、まずい……白浜さんの事を妹に言わないでって口止めをしておいて、その白浜さんのマンションから出て来たら、そりゃびっくりするだろう。
「ち、違う、えっとた、たまたまで」
「……た、たまたま?」
「そ、偶然っていうかちょっとした手違いで」
「ぐ、偶然……手違い」
「そ、そう、好きとかそういうんじゃない」
「……そ、そう……なんだ」
「え?」
「え?」
「あ、あの……何の話?」
「……マッサージ」
「マッサージ?」
「うん……」
夕方、2ヶ月前ならもうすっかり暗くなっている時間、夏樹の顔が傾いた日に照らされ燃える様に赤く染まっている。
「えっと……な、何か問題が!」
僕は慌てた、あの時確かに夏樹の様子がおかしかった、まさか怪我? マッサージが原因? そんなバカな! 僕は慌ててその場に跪き……って、まあ右膝は殆んど曲がらないので、正確には杖を使って右足を伸ばし片足コサックダンスの様に、器用にしゃがみ込む。
ちなみに、膝は全く曲がらないわけでは無い。
「ちょ!」
「見、見せて!」
「だ、ダメ!」
僕はそのまま夏樹のスカートを捲り中に……中に……薄暗い中に入る……へーー、スカートの中の生地ってこうなってたんだ……。
目的を一瞬忘れ、改めて夏樹の足を見ようとした直後、僕の脳天に鈍器で殴られた様な衝撃が走る……。
「ば、バカ! かーくんのエッチ!」
夏樹はスカートの上から僕の頭を思いっきり鞄で殴ると、そのまま持ち前のバネを生かし、しゃがんでいる僕を飛び越え、そのまま走って行く。
「い、いってええ……」
僕は叩かれた頭を抑えながら、チカチカとする目で走り去る夏樹を見つめる。
いつも通りの走り、跳ねる様に跳ぶ様に、走って行く夏樹……。
「平気じゃん……」
特に片足を引き摺る分けるでも無い、どこか痛そうにも見えない。
じゃあ、一体なんだったんだろうか?
そもそも……今さら僕にパンツを見られたくらいで? ノーパンならまだしも夏樹はしっかりパンツを履いていた。
「とりあえず……無事で良かった」
じゃあ一体どうしたんだろう? 僕は道路に転がる杖を手にし、ゆっくりと立ち上がる。
それにしても夏樹の様子がおかしい、恐らく原因はあのマッサージから?
一体なんなんだろう……暫く考えるが全く見当もつかない。
でも、まあとりあえず……夏樹ならいいか……。
僕は一先ず考えるのを止めた。
ちなみに、夏樹のパンツは……まあ、それもいいか……誰も興味無いだろう。
知ってるのは夏樹本人と僕と……神様(作者)だけ。
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