第122話 キサラ先生
「だからここに線を引くとこうなるでしょ?」
「ああ、そうか、凄い! さすがキサラ様」
目を爛々と輝かせ私を見つめる天ちゃん、本当に可愛いわね……この娘は。
私は彼女の頭を撫でると、そっと顔を近付け……耳元で囁く。
「──今は二人きりだから……いいのよそんな演技しなくても」
「え?」
天ちゃんは頭を撫でられ嬉しそうにしていたが、私のその一言でキョトンとした顔になる。
そして暫く私の顔を眺めていると、あのさっきまでの天真爛漫な笑顔からは想像出来ないくらいの真顔で私を見つめる。
そして不満そうな顔で私から目を反らす。
マドカの様な冷静を装うタイプは、その表情から内面を読むのは難しいが、反面感情のコントロールがしやすい。
そして天ちゃんの様な自分の感情に素直な子は表情から読みやすい反面、コントロールが難しい。
「──いつからわかってたんです?」
「うーーん、最初から?」
「本当に?」
驚いたような顔、しかし直ぐに疑いを持った顔付きに変わる。
「ふふ、嘘、でもねえなんとなくそうかなって思っていたけど、はっきりわかったのは昨日の夜よ」
「夜?」
「だって、私の部屋に来なかったじゃない、ずっと待ってたのになあ」
「そ、それは……ほらお兄ちゃんが見張ってるし」
真っ赤な顔で私を見つめる天ちゃんに、思わず抱き締めたくなる気持ちを抑えた。
本当に可愛いなあ、献身的だし、優しいし、そしてわざとこんな事するし……こんな妹がいるんじゃマドカは大変だなあ。
「えーー、でも本当に好きなら寝るまで待たない? 隙を見つけない?」
「ぐ……」
「あはははは、ほんと可愛いんだから、それで……こんな演技をしていたのは何故?」
私は天ちゃんのサラサラとした髪を撫でながらそう問いかけると、彼女は相変わらず嫌がりもせず私を見てほくそ笑んだ。
「全部が演技ってわけじゃない……でもキサラ様なら言わなくてもわかってるんじゃないんですか?」
「うーーん、まあ、わかってるのは天ちゃんが死ぬほどお兄ちゃん大好きって事くらいかな?」
「そ、そんなこと…………ない……」
あーーん可愛い、食べちゃいたいくらいに可愛いよお。
真っ赤な顔でうつ向く彼女に思わず頬擦りして、抱き締めて、クンカクンカして……そのまま……ジュルジュル、おっといけないいけない。
慌ててヨダレを拭いて何事も無かった様に装う。
いけないいけない、妄想は妄想だけにしなくては。
私は込み上げてくる性欲……違った、気持ちを抑え冷静さを心がける。
「素直だねえ、じゃあマドカは?」
「──も、勿論大嫌い!」
「へーー、ダウト!」
「え?」
「ドーーンだYo」
「どーーん?」
「……こ、こほん……えっと天ちゃん、本当は『P_ミニオン』の中でマドカが一番好きだったでしょ?」
外したのを誤魔化す様に咳払いをすると、撫でている髪から手を離した。
「な!」
何を言ってるの! と言おうとしたのだろう、でも天ちゃんは私の確信的な笑みに言葉を詰まらせる。
「シャイなんだよね、天ちゃんは……好きな人にきつくあたっちゃったり、直接顔を見れなかったりしちゃうタイプでしょ? 握手会の時も私と握手しながらチラチラとマドカの方を気にしてたよねえ~~」
「そんな……覚えて」
「覚えてるよ、可愛い子はみんな覚えてるわ」
男は全く覚えていないけどね。
「……キサラ様ってやっぱりガチな人なんですね……じゃああの噂も……」
「あははは、まあねえ~~」
「そか……」
納得したような顔で頷く天ちゃんに私は恐々聞いた。
解散の理由に少なからず私が絡んでいたから。
「えっと……怒らないの?」
「いいえ、とどめを刺したのは結局あいつなんでしょ……それは変わらない」
あいつと言うのはマドカの母親の事だ。
私はそれを敢えて否定も肯定もしなかった。
今それをはっきりさせた所でなにも変わらないから……。
「そっか──で、どうするの? マドカに全て打ち明けて仲直りする?」
「だだだ、誰があんなやつと!」
天ちゃんは可愛い顔を歪め私に食って掛かる。
全く、天ちゃんもマドカも翔君も……皆素直じゃないんだから……私はこの愛すべきめんどくさい子供達の幼い考え方に思わず笑ってしまう。
「でも~~私にベッタリしていたのはお兄ちゃんに焼きもちを焼かせようとしたんじゃないの? それともマドカ? それとも両方?」
私がからかい気味にそう言うと、天ちゃんは悟ったのか、いたずらっ子の様な笑みを浮かべ真っ直ぐに私を見つめる。
「ふふ、昔は円だった……のかもしれませんが、今はお姉さまの方が素敵ですだから本気かも」
「じゃあ、付き合っちゃう?」
「……い、いいですよ」
「あははは、そんな複雑そうなんだ顔で言われてもなあ、大丈夫、嘘よ……私には恋人がいるから」
「やっぱり……そうなんですか?」
「うん、でも……就職の事で今揉めてる、しかも内緒で医学部辞めちゃったからなあ、もしかしたら別れちゃうかもね」
「就職……」
「うん、来年ね」
「えっと……どこに?」
「ふふふ、聞きたい? 内緒よ」
私はそう言って彼女に耳打ちしそしてそのままほっぺにキスをした。
「ひう!」
「あははははは、美味しい」
天ちゃんの甘い匂いとほっぺたの味を堪能する。
「キサラ先生!」
「ごめんごめん、それじゃやろっか」
「な、何を?!」
椅子から落ちそうなりながら少しだけ距離を取り、ブルブル怯える天ちゃん、しまったやり過ぎたかと少し後悔する。
「勉強に決まってるでしょ?」
「ああ、そうですよね……」
「ところで、二人の前ではまだ続けるの?」
参考書の次のページを捲りながら私がそう訊ねる。
多分だけど、天ちゃんは本当の所は邪魔したくないのだろう。二人の仲を……。
受験勉強で余裕がない。翔君はあの足の事もあって一人で生活するのが大変だ。
特に勉強や学校生活は関与出来ない。
だかといって今さら素直にはなれない。
受験が終わる迄はマドカに任せたいのが本音なのだろう……。
そして見極めたいのだ……マドカが……円が信用に値する人なのか。
私は、真実をはぐらかす彼女の表情、言動、行動からそう読み取った。
天ちゃんは天使の様に笑いながら私に向かって言った。
「お願いします、でもエッチな事は駄目ですよ~~せんせい」
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