第251話 オフシーズン


 高校駅伝が終わり、陸上はオフシーズンを迎える。

 皆のお陰で陸上部は大活躍し引き続き競技場を使用出来るようになった。


 オフシーズンといっても、大きな大会が無いだけで記録会等は日々行われているし、勿論練習も毎日こなさなければならない。


 ただ、冬は基本的な反復練習や筋トレがメインとなる為、いくぶん時間に余裕も生まれてくる。


「さあ! 落ちた分上げていくわよ!」

 視力2.0の癖に、だて眼鏡を掛けた夏樹は高校記録を破った時以上に気合いを入れ、俺に向かってそう言った。


「お、おお……」

 その勢いに圧倒されつつも、体育会系の俺は拳をそっと上げそう返事を返す。


 そう……俺は……勉強という練習以上のハードなトレーニングが待っていた。

 

 ちなみに俺は会長と夏樹だけにこれから3年限りの陸上生活の事を打ち明けた。

 しかし会長も夏樹も現実主義者なのか? あまり本気にはしていない様子だった。


 来年の事を言うと鬼が笑う。

 確かに来年どころか3年後の事なんて誰もわかりはしない。


 でも、俺にはそこから先のビジョンが見えていない。


 3年間でどこまで行けるかわからない。

 それどころか次の大会で引退するかも知れないのだ。


 おれの未来は全くの暗闇なのだった。


 だから……その先の引退後の選択支を広げる為にも、今は学生としての本分をやるしかない。

 そして今までそれを一番理解してくれていたのは、俺の恋人でもある円だった。


 しかし……俺の目の前にいるのは円ではない。

 幼馴染の夏樹だった。


 円はいつも優しく俺に勉強を教えてくれていた。

 でも……夏樹は違った。


「ああああ、また間違えたああ、かーくんの頭は鳥?」

 持っていたペンでポンポンと俺の頭を叩いた。


「ご、ごめん」


「何度も同じ所を間違えるから前に進まないんだよ? 円さんの事を考えてないで今は勉強に集中しろ!」


「いや別に考えてなんて……」


「いないの? 本当に?」


「まあ……ちょっと」


「ほらね」

 長い付き合いだから俺の事なんてお見通しと言わんばかりに、夏樹はドヤりながらそう言った。

 

「しょうがないだろ?!」


「いくら考えたって無駄でしょ?」


「む、無駄ってなんだよ!」


「向こうが避けてるんだからいくら考えたって無駄でしょって言ってるの!」

 机をパンパンと叩き、間違えた問題用紙がヒラヒラと舞う。


「む……無駄……無駄って言うなよ」

 他の誰に言われるよりも、本当に……夏樹に言われるのが一番堪える。

 そんな俺を夏樹は持っていたペンを器用に指でクルクルと回しながらじっと見つめながら言った。


「そもそもさ、かーくんは円さんの事本当に好きなの?」


「な、何でそんな事、好きに決まってるだろ?」

 何で皆それを聞いてくる?


「えーー本当? 円さんが可愛くて芸能人だから付き合いたいとか、自分の足を駄目にされた腹いせとか、そんな気持ち一切なかったって言い切れる?」


「……それは」


「円さんもそれに気付いていたんじゃないの? そんな考えで付き合ってたら、そりゃ居なくなるよね?」

 これが夏樹の怖い所だ。

 俺の考えている事が手に取るようにわかってしまう。



 夏樹は俺が怪我をした後、少しだけ距離を置いてくれた。

 陸上も辞めてバスケに転向した。 俺が夏樹を目標にしていたのを知っていたから。

 

 そして俺が陸上に携わるようになるとコーチを引き受けてくれ、復活すると自分も復活してくれた。

 全て全て俺の為に……。

 

「そういう気持ちが全く無いとは言い切れない……でも、俺は円が……円の事、自信を持って愛してるって言える……」


「うわ、恥ず!」

 夏樹は口を抑え引くような目で俺を見つめる。


「なっちゃんが言わせたんだろ!」

 それを見て照れくさを隠すように、子供の頃の呼び方でそう言い返した。


「幼なじみの恋ばなとか、マジで照れる、私にゃ無理~~」


「自分から言わせといて……てか、まあそれもあるんだけど、それよりも、今は本当に円が心配なんだよ」

 いまだにテレビや週刊誌では円の母親の不適切な付き合いという特集が組まれていた。


「あーーね、芸能人って大変だよねえ」


「まあね、円は全然関係無いのに」


「でも母親じゃねえ、そう言えば円さんて一人暮らしなんだよね? お母さんと仲悪いのかなあ?」


「うーーん、まあ、良いとは言えないような」


「ふーーん、かーくんってなんも知らないよね、円さんの事」


「……まあ、あまり言いたがらないからね、特に円の母親とは事故の時色々あったからね」


「あーーーそういえばあまねっちがぶち切れてたもんね、そのせいで、いまだに円さん大嫌いだからねえ」


「うん、まあだからさ……なおのこと大丈夫かな? ってさ」

 俺は不自然に笑い平静を装う。


「そう言えば、かーくんって円さんと同棲してたんだっけ?」


「は? し、してない、してない」

 俺はブンブンと頭を振って否定する。


「そうなの? でもあまねっちがそんな事言っていたような?」


「いや、合鍵持ってるだけで、同棲はしてないから!」

 俺の部屋があったり着替えがあったり、その他泊まる為の私物が色々ある事は黙っておく。


「へえーー合鍵もってるんだあ? じゃあさ行ってみようよ」


「え? 何処へ?」


「円さんのマンション、もしかしたら何か手がかりがあるかも知れないよね?」

 好奇心旺盛な夏樹は目を輝かせながら俺にそう提案してくる。


「手がかりって……まあ、確かに俺の私物を取りに行かないと、とはおもっていたけど」

 

「じゃあ、行こう! 今すぐに!」

 夏樹は直ぐに立ち上がって親指を扉の方に向けた。


「まじか……でも……そうだな、よし、行こう」

 ずっと避けていた、でも、やっぱり気になる。

 マンションには、なにが残されているのか?

 円は一体どこに行ったのだろうか?

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