第8話:吊り橋効果って本当ですか?
5体のウルフに囲まれながらも、自分と女の子の命を救うことに成功した。
これってすごいことだと思うんだよね。
剣も槍も魔法も使ってないのに無傷で勝利したんだ。
腐った卵で女の子を守り抜いたんだ!
それなのに、女の子は僕を軽蔑するような顔で見てくる。
言ってやりたい、君はこの臭いニオイのおかげで助かったんだぞって。
腐った卵がなかったら死んでたんだぞって。
助けたら好きになってくれるパターンって嘘だったのかな。
吊り橋効果といって、ピンチの時は恋愛関係になりやすいはずなんだけど。
さすがにニオイもキツかったので、女の子と一緒にその場を後にした。
「助けていただいてありがとうございました……臭かったですけど」
「命があっただけでも良かったと思ってくれると嬉しいです」
「それはもちろんです……臭いですけど」
めっちゃ嫌そうな顔で話す女の子。
ずっと『こいつマジ臭いんだけど』って顔をしている。
助けたのに嫌われるパターンってあるんだね。
「どうしてあんな森にいたの? 名前は?」
「……いえ、大丈夫です。臭いですし」
会話が一切弾まない。
語尾には必ず「臭い」を付けやがる。なんて失礼な女の子だ。
もうニオイはしないのに、ずっと鼻をつまんでるし。
助けを求めてきたのはそっちだぞ。
別にお礼の金とか、お礼の品物が欲しいわけじゃないんだ。
話し相手になってほしい!
名前くらいは教えてほしい!
そのまま2人で街まで歩いていったけど、当然のように会話はなかった。
女の子は疲れているみたいだったから、何度か休憩を入れてあげた。
関わってしまったんだから、街まで護衛くらいはする。
途中で死なれても後味が悪いからね。
……ギルドに戻ったらリーンベルさんに癒してもらおう。
街に着く頃には、日がほとんど落ちていた。
女の子のペースで歩いたから、帰りが思ったより遅くなってしまった。
門に着くと同時に女の子と別れ、急いで冒険者ギルドへ向かう。
昨日より1分でも早くたどり着くために走り続ける。
リーンベルさんに怒られないようにするために。
ギルドに戻ると、昨日よりギリギリ明るかったので冒険者が10人ほどいた。
ちなみに、1人だけ猫耳の女の人がいたよ!
とりあえず報告だけしておく。
リーンベルさんが腕を組んで待っているから、ジックリ見る余裕がないんだ。理解してほしい。
「リーンベルさん、ただいま戻りました。昨日より明るいですね!(ギリギリ)」
「ふ~ん、言い訳するんだ」
「ごめんなさい」
誤魔化せなかったので、即行で頭を下げる。
いきなり激オコなリーンベルさんだった。
「ほんとにもう! 先に解体しに行くよ、閉まっちゃうから!」
「はい、お願いします」
なんだかんだでリーンベルさんは、僕の手を引っ張って連れていってくれる。
あの女の子に付けられた心の傷が癒されるよ。
精神32万の強靭なメンタルってなんなんだろうなー。
解体場に着くと、昨日と同じように片付けをしている最中だった。
「ヴォルガさん、この子がまたギリギリに戻ってきたのでお願いします」
「昨日の坊主か」
解体屋のオッサンはヴォルガさんという名前だった。
自分で解体したくないから覚えておこう、お世話になるからね。
「また遅めにすいません。解体お願いします」
ゴブリン15体とウルフ5体を取り出すと、ヴォルガさんの目つきが変わった。
「おい、ガキ。いや、名前なんだったか?」
「タツヤです」
「タツヤ、お前はどうやってウルフを倒したんだ?」
「気絶させて……パカッとですね」
卵を割る仕草をしてみる。
「「「 ……… 」」」
だって「卵を割って倒しました」なんて言えるわけないじゃん。
絶対アホだと思われるよ。頭おかしいと思われるよ。
実際に見せたら、臭すぎてリーンベルさんに嫌われるかもしれないし。
「ベル、こいつをEランクにあげてやれ」
「ヴォルガさん?!」
「ウルフをよく見てみろ、傷1つ付いてねぇ。5体もいるなら群れで出会っているはずだ。それを1人で倒せるやつがFランクなんておかしい。若くても冒険者だ、Eランクに上げてやれ」
リーンベルさんがジト目で見てくる。
やめてください、あまりジト目って好きじゃないんです。
でも……リーンベルさんのジト目、嫌いじゃないですよ?
何かが目覚めてしまいそうですけど。
「このウルフは毛皮がきれいに取れるから、買取価格もプラスしてやる。後はそうだな。今日は長いことベルお嬢ちゃんに怒られないようにな、ハハハ」
ヴォルガさんは笑いながら解体場の奥へ向かって行った。
僕はリーンベルさんの不敵な笑みに冷や汗を垂らして、受付カウンターまで戻っていく。
リーンベルさんは激オコだ。昨日より怒っている。
だって、ニッコニコなんだもん。
「タツヤく~ん、昨日は明るいうちにちゃんと戻るって約束しましたよね? ウルフもEランクだからやめましょうってお話しましたよね?」
「はい、おっしゃる通りです」
「君は戦闘スキルがないのに、なんでウルフと戦っているのかな? しかも5体! 知ってる? ウルフが5体で群れてたら、Eランクパーティで戦うことを推奨しているんだよ?」
リーンベルさんが言いたいことはわかる。
ウルフ5体を見たときは、僕も後悔したからね。
でも理由があったんだ。女の子を助けたんだ。
そのことを伝えたら、リーンベルさんも褒めてくれるはず。
きっと「きついこと言ってごめんね? 頑張ったんだね」と、頭を撫でてくれるかもしれない。
ふっ、妄想が広がるぜ。
ここは地雷を踏まないように丁寧に説明し、お褒めの言葉を頂戴する。
よし、これでいこう。
僕は頭を撫でられて褒められたいんだ!
「今日はリーンベルさんとの約束を守るため、ゴブリン退治だけをするつもりでした。 けど、途中で女の子がウルフに追われていたんです。僕は助けを求める女の子を見捨てることができませんでした。女の子の命を守るために戦ったんです」
完璧だ。褒められることまちがいなs……。
「護衛しながらウルフ5体をソロで戦うFランク冒険者がどこにいるの! なんでそんな無茶なことをしたの! 君は昨日の今日で……」
あ、あれ? 火に油を注いでしまったようだ。
たださえ昨日より怒っていたのに、さらにヒートアップしてしまったぞ。
どうした? 何がダメだったんだ?
ちょっと待って。リーンベルさんの後ろでみんな何してるの?
マールさん。両手を合わせて『ご愁傷様です』って口パクするのやめて!
アカネさん。なぜ忍び足で立ち去ろうとするんですか!
ヴォルガさん。アチャーってジェスチャーせずに助けてくださいよ!
リーンベルさんの怒りが静まるまでに30分かかり、僕はEランク冒険者に昇格した。
天使のように可愛いリーンベルさんを独り占めできたと思えば、とてもいい時間だった。
めちゃくちゃ怖かったけどね。
これからはEランク冒険者になったんだし、ウルフを狩っても怒られないだろう。
「ヴォルガさんの推薦だからEランクに上げるけど、無理しちゃダメだからね?」
よかった、もう完全に怒りが鎮火してる。
堕天使じゃない、天使のリーンベルさんだ。
「任せてください! でもEランク冒険者ですから、単体のウルフなら狩っても大丈……あ、いえ、ゴブリンを退治します。Eランクでもゴブリンを退治します。
ゴブリンにも上位種がいますからね。ゴブリンとの戦闘に慣れたいと思います」
「そうだね~、お姉ちゃんは嬉しいな。命を大切にすることを覚えてくれて」
リーンベルさんを怒らせてはいけない人だと、たった2日の異世界生活でよくわかった。
一応僕は精神32万の強メンタルだからね?
なぜこんなに逆らってはいけない気がするんだろうか。
ようやく解放された僕は、宿屋へ戻って夜ごはんを食べる。
料理は何の肉かわからなかったけど、薄っすらと塩の利いた焼いただけの肉だった。
パンは日本みたいな普通のパンでおいしかったよ。
食事が終わると自分の部屋へ行って、今日あったことを思い出しながら眠りにつく。
助けた女の子の臭そうな顔。
助けた女の子の嫌そうな顔。
助けた女の子の嫌そうな話し方。
助けた女の子の語尾は「臭い」。
なんて理不尽な日なんだ!
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